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1990年代にテレビを通じて一世を風靡したマリック氏が苦悩の日々について語った。

マジックとしてクラブなどでやっていた事がテレビでは超能力になり、激しく叩かれる事になった。
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プロになるまで

Mr.マリックこと松尾昭さんは1949年(昭和24)に岐阜県で生まれ、小学生のときに祭りの出店で初めて手品と出合った。

それはコインを隠したり出したりする出し物だったという。

中学に入ると手品が得意な転校生が隣の席に座る事になった。

互いに手品好きな2人はすぐに親しくなったが、転校生はプロを目指していて、コインを消す程度のことは朝飯前にやってのけ、マリックは弟子になった。

マリックは高校に入っても手品を続けたが、すぐにプロに成れるとは思えず、まず地域で一番になり、次いで日本一になり、世界で通用するようになればプロに成れるのではないかと考えた。

この頃から実績を積むためにマジックコンテストに出場する。

地元の工業高校を出たマリックはパロマに入社した。

当時の製造業は勢いがあり、パロマは有望な会社だったが熱心ではなく、名古屋のデパートで手品の実演販売を見るのを楽しみにしていた。

この頃テレビのマジックコンテストで合格し、当時のスターだった初代・引田天功に声を掛けてもらった。

これが19歳のときで、マリックはパロマを辞めて実演販売の手品師になった。

ステージではなくテーブルの上で、四方から客が見ている前でやるスタイルがその後の超魔術へと進化していった。



実演販売の日々

プロのマジシャンは通常、ステージの上で手品を披露し、客の大勢居る机の上などでは絶対にやらない。

四方から見られたら種が見えてしまうからである。

一方実演販売にまともなステージなどは無く、良くてデパート内の広場、悪ければ路上であり客は360度どこからでも見ている。

しかも客とは言えデパートに買い物に来ているだけの人たちに、興味を持って立ち止まってもらい、手品を見せて小道具を買わせるのである。

「ものすごく大変だったが、手品が好きだったので楽しかった。」と当時を振り返っている。

このころ新宿の中央公園で寝泊りしていたが、同情したデパートの女性に拾われて部屋に住み着いて結婚したとされている。

販売をしながらもマジックコンテストに出場し続け、この頃には海外の大会にも出るようになっていた。

ハワイで開催された大会で「クロースアップ部門」で優勝する。

名前から推測すると新人賞とか期待賞のようなものらしい。

マリックは実演販売以外に自分のショップを開き、段々とプロっぽくなっていった。



ユリゲラーの衝撃波

そんな中、UFOや宇宙人、超能力のようなオカルトブームが起こり、超能力者ユリゲラーが来日して大ブームが起きた。

ユリゲラーがテレビで超能力を見せると、一夜にして実演販売の客の反応が変わり、驚きも喜びもしなくなってしまった。

超能力は本物で、手品はニセモノだからという事で、子供は正直だからマリックの前でそう言った。

マリックはテレビのユリゲラーを一目見て「これは手品」と気づいた。

手品だと思わせないような手順を踏んだ手品である。

だがテレビの宇宙人や超能力を真に受けている人者にそう言ったところで仕方がないし、マジシャンは人を騙す商売なのである。

手品師としてはやって行けなくなると思ったマリックは一念発起してユリゲラーを超える超マジシャンになると決意した。

マリックはステージ上の「これから手品を見せます」というスタイルを一切やめて、ユリゲラーのように観客に取り囲まれて魔術を見せる事にした。

ユリゲラーが客のスプーンを曲げたり、客から借りた時計を治すのを真似て、客のお金を借りて、目の前で消したり、移動させたりした。



マジックとしてやっていた超魔術


やがてそれはテレビ局のスタッフの目に留まるようになった。

ナイトクラブのような場所でいつものように店の客やホステスを相手に超魔術を披露していたところ、テレビのスタッフが居て撮影しても良いのかと聞いてきた。

普通マジシャンはトリックがばれてしまうので、充分な準備をして、決まった位置からしか撮影しないのような条件をつけて撮影させる。

演芸番組に出てくるマジシャンが、決してアップにならないのはこのため。

だがマリックは「いつでも、どこからでも撮影してください。」
と言ったのでスタッフは大変驚いてテレビで放送する事になった。

当然マリックとしては「マジック」としてコインを消したり、密閉したビンの中に一瞬で移動させたりしたのだが、番組では超能力者になっていた。

超能力者、超魔術Mr.マリックの誕生だった。

つまりMr.マリックをマジシャンから勝手に超能力者に変身させたのはテレビ局の放送の都合でマリックの希望ではない。



苦痛で顔面麻痺

1989年に最初の放送から大反響が起こり、すぐに第2弾、第3弾が決まった。

超能力を信じている人には、一度信じ込んだらもう言い出せる雰囲気ではない。

今更「手品でした」では済まされそうに無いほどブームは加熱した。

マリックの元には宝探しや呪いを依頼する人々などが訪れ、大金を積んで「この人を超能力でころして欲しい」と依頼されたりしたそうである。

反動はすぐにやってきて、超能力は嘘ではないかと週刊誌などが騒ぎ始め今度は凄まじい非難の対象になった。

この頃顔面麻痺で顔の半分が硬直してしまい、1年入院し治療を受けている。

「根がまじめなので何でも真剣に受けてしまう」と語っている。

勝手に超能力者に仕立て上げたテレビ局も、「なぜ騙したのか?」とバッシングする方に回る始末で、社会の敵のように非難している。

数年間テレビからは声がかからなくなり再び静かな生活に戻ったが、1995年の阪神大震災やオウム事件が社会の流れを変えたのか、再びバラエティ番組で「マジシャン」として声が掛かるようになった。

2000年代に入ってからもコンスタントにマジシャン路線で活動している。

現在は65歳になり、若い人を育てて、活躍するのを見たいと語っている。

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