中曽根首相が挑んで超えられなかった1%枠
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45年以上守られてきた「防衛費はGDPの1%以内」の制限がついに来年度予算で突破する事になりました。

日本の国益に数々の不利益を与えてきた亡霊がついに消える。
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半世紀ぶりの1%突破

政府は来年度の防衛予算を今年より1697億円増やし、5兆545億円とする事で確定しました。

これで来年度の防衛費がGDP比1%を超えることが確実になった。

2014年の国民総生産は実質で約530兆円と予想されていで、来年2%成長しても約540兆円であり、来年4%成長しないとGDP比1%には収まりません。


防衛費は1967年からずっと1%以内でしたが、一体どんな意味があるのでしょうか。

正確には1986年に中曽根内閣が撤廃を決定し、1987年から3年間は1.004%、1.013%、1.006%と僅かに1%を超えました。

この数字は経済成長率や物価上昇率、補正予算などで大きく変わるので、実際には1%丁度に抑えたと言った方が正しい。


この中曽根内閣時には米ソ冷戦が戦われており、日本は西側陣営に所属していました。

防衛分担しようとしない日本にはアメリカから「安保タダ乗り論」の批判が浴びせられ、防衛費増額の強い圧力が掛かっていた。

中曽根総理は「日本列島を不沈空母にする」と威勢よく演説したが、国内の反対は強く1%丁度にするのが精一杯だった。


その後ずっと1%以内に抑えられてきたので、47年間に渡って1%枠は守られてきたのでした。

1%に近づいた事は何度かあったものの、その度に野党とマスコミは「侵略戦争を反省していない」として大騒ぎをして妨害しました。

中国からの防衛、F35などの調達、海兵隊創設、早期警戒機や各種航空機の国産開発、宇宙の軍事利用など将来も予算が増え続けるのが確実視されている。

今回の1%突破は、防衛費の緊縮路線からの転換点になります。



政権の人気取りで防衛費削減

元々日本の防衛費、軍事費は敗戦後の日本の経済規模が小さい事もあって、GNP比3%近くはありました。

1950年台には朝鮮戦争を契機に海上保安庁や自衛隊が発足し、米軍の払い下げ装備を貰い受けて整備を進めた。

その後日本の経済が拡大したが防衛費はあまり増えなかったので、60年代には1%台になり1967年に1%を切りました。


その後、三木武夫という自民党の左派政治家が首相に就任し、「防衛費は国民総生産の1%に限る」と閣議決定しました。

三木内閣は左翼内閣が必ずそうであるように、言動が不安定で不人気、党内では三木降ろしという倒閣運動にさらされていた。

政権維持の人気取りが、何十年も日本国民を苦しめる事になる。


1%枠の悪影響は、直接的には充分な国防政策を取れなかった事が上げられます。

例えば北朝鮮の工作船に日本人数百人が拉致された疑いが持たれているが、原因は海上保安庁の巡視船や、自衛隊の護衛艦、航空機などが充分ではなかった事が上げられている。

もし充分な防衛、保安予算が在ったなら拉致されなかったかも知れません。


悪影響のの2は周辺国に比較して、日本の国防が弱体化した事で、例えば韓国の軍事予算は、3兆6千億円に達している。

日本の5兆円とあまり差が無いのに国土は狭いので、狭い範囲では日本以上の軍事力を集中できる。

中国は既に日本の2倍の軍事費を使っている。



軍事費は経済を支えている

悪影響その3は経済への悪影響です。

防衛費の削減を主張する人は「軍事を削減できるので経済に回せる」と言うのだが、現実の世界ではむしろ、防衛費が多い国の方が経済が発展しているし借金も少ない。

日本は先進国で最も防衛費(の割合)が少ないが、最も経済が悪化し最も借金が多い。

なぜこうなったのかは簡単に説明できる。


軍事費とは経済的な見方をすると「公共事業」であり道路やダムを建設するのと同じです。

これらは無駄な工事と言われますが、軍事費も相手が攻めて来ない限り無駄なものです。

公共事業は経済を発展させ、不況下では経済を支える役割を果たしていますが、軍事費が少ない国は不況を支える効果が得られない。


軍事費は不況になっても削減できないので、政権の人気取りで減らされる事が無い。

だから軍事費の多い国は不況に強いのです。

事実リーマンショックで最も打撃を受けたのは日本であり、アメリカはそれほどでもなく、中国は打撃を受けませんでした。

軍事費は景気の影響を受けないからです。
防衛費節約で経済発展というのは根拠なき妄想に過ぎません。


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