平和を訴える人ほど暴力的という矛盾
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http://www.zenshin-s.org/zenshin-s/sokuhou/2014/photo/20150815g-1.JPG


8月は平和を祈る月らしいが、実体として平和運動を装って暴力を振るう月になっている。

自分が不幸である事をアピールしては、街頭やネット上やテレビで威圧的言動を繰り返している。


不幸自慢の絶叫大会

世の中には不幸自慢というものがあり、本人は得意の表情だが周囲がうんざりさせられる事がある。

「雪印事件」の時に雪印の社長がマスコミに追いかけられ「寝てないんだよ」と追い払おうとして新聞記者が「こっちだって寝てないんだよ」と叫んだ。

どちらが寝てないかの不幸比べが勃発し、この時は新聞記者が多くの同情を集めて勝利していた。

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この程度の事なら面白いのだが、毎日毎日朝から晩まで自分の不幸さを絶叫しながら訴えられると、少々違うのではないかと思える。

毎年7月中ごろから8月にかけて、セミのシーズンに合わせて登場し、誰が最も不幸かを自慢しあう人々が居る。

我こそは被害者、被災者だと「自分こそ最も不幸だ」と主張する人が連日何万人も絶叫し続ける。


嫌なのはこうした人は必ず威圧的で暴力的、他の人に対して「こうしなければならない」と攻撃的な態度を取る。

それだけではなく他人の思想や考え、感じ方にまで文句をつけて「貴方の感じ方は異常だ!わたしと同じように感じなさい!」と言う。

そういう人たちは例外なく健康そうで、普通の高齢者より遥かに元気なのだが、自分に同情するべきだと言うのです。


彼らが本当に不幸だったとしても、他の人が考え方や信条まで非難されたり、指図される筋合いはありません。

本当に不幸な人々は決して「俺様は不幸なんだ!俺に従え!」という態度を取らないと思います。

セミが鳴く季節に絶叫するタイプの人たちは、不幸を装う事で権力を得ようとしている。



「暴力を許すな」と怒鳴る暴力的な人達


近年は大戦関連や福島原発関連で「セミ族」が多発し、1年中ミンミンと鳴いていました。

どういう訳だか不幸な人達は全員が日米安保や自衛隊に反対で、中国が大好きなのは不思議です。

「2度と戦争を起こすな」「戦争をする軍隊を無くせ」と叫ぶのだが、それを絶対に中国に向けて言わないのです。


沖縄の自称不幸な人たちは、日本に植民地支配されていると言い、原爆被爆者は何故か「日本が原爆を落とした」ように主張している。

沖縄戦で沖縄を攻撃したのは連合軍だが、彼らは日本軍がやったかのように主張している。

「特攻隊の遺族」のような人は戦後軍人恩給を受け取って良い思いもして来た筈なのに、それは無かった事にしている。


原爆を落としたのはアメリカで、被災者を助けたのが日本政府で、日本が非難される筋合いはない。

もっとおかしいのは津波や原発事故の自称被害者が全員日米安保や辺野古基地に反対している。

彼らに共通するのが攻撃性、傲慢さ、威圧的態度、過大な権利の要求、遵法精神のカケラも無い言動です。


「暴力を許すな!」とスピーカーで怒鳴りながら、通行人を暴力で脅しているあの連中の態度は一体なんなのでしょう?


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