ドル円戦争のはじまりは1985年のプラザ合意。
竹下大蔵大臣がNYに呼ばれ、突然為替レートを2倍にされた。
20150922dd0phj000012000p_size8
http://img.mainichi.jp/mainichi.jp/shimen/images/20150922dd0phj000012000p_size8.jpg

米中対立や米イラン対立などで為替レートが大きく変動する予兆を見せている。

投資で理不尽な損失を受けることは良くあるが、中でも理不尽なのは為替変動でしょう。

まったく意味の分からない動きで株価や地価や、あらゆる「日本の価値」が急落してしまう。


投資損の要因は為替変動

投資は9割の人が儲からないものだと言うが、難しくしている要因の一つに為替変動があります。

いわゆる「ドル円レート」ですが人為的に操作される場合や天変地異、大企業の破綻など原因は様々でした。

大きな為替変動には一つだけ共通点があり、ある日突然始まって、また突然終わります。

スポンサー リンク

江戸時代から明治まで為替相場は政府間で取り決めていて、相場変動はあまりありませんでした。

19世紀に各国は金本位制をはじめ、金によって自国通貨の価値を保障するようになりました。

しかし2つの大戦で金本位制は機能しなくなり、金本位制が世界恐慌や世界大戦を引き起こした疑いすらある。


1971年8月に唯一の基軸通貨だったアメリカが金本位制を止めてしまい、ここから変動為替相場制が始まりました。

1976年1月にIMFで変動相場制の開始が正式に宣言され、日本と円高との戦いの歴史が始まりました。

ドル円相場は明治初期に元々1ドル=1円だったが、第二次大戦の開戦時には15円、敗戦時には40円くらいになっていた。


戦後の復興の必要性から円の価値は意図的に下げられ、1949年には1ドル360円に固定されました。

この円切り下げは経済回復のため日本側が望んだもので、「マッカーサーの陰謀」とかではありません。

1ドル360円時代は1949年から1971年まで続き、日本の高度成長や輸出大国の原動力になりました。


1971年8月にアメリカは金本位制を止め、1ドルは相当額の金と交換できる保証がなくなり「ただの紙切れ」になりました。

円やポンドも同様に「ただの紙切れ」なので、新聞紙とトイレットペーパーを交換するのと同じで、相場は変動します。

1971年12月18日に1ドルを308円に切り下げる決定が、スミソニアン博物館での10カ国協議で決定されました。



日米ドル円戦争勃発

スミソニアン協定はまだ固定相場だったが、1973年2月には変動相場制が実施され、1973年2月には260円まで円高が進みました。

暫くの間は250円から300円で推移していたが、1978年末にはついに1ドル180円を切りました。

7年間で360円から180円になったので、輸出産業は大打撃をうけ円高不況に苦しむ事になりました。


1980年頃からソ連のアフガン進行など世界的な事件が続き、ドル防衛策のお陰で250円以上に戻りました。

安定した円安相場で再び輸出攻勢を掛けた日本に、アメリカが打ち出した反撃が「プラザ合意」でした。

1985年9月22日、竹下登大蔵大臣が日曜日にニューユーヨーク・プラザホテルに呼び出され、円の切り上げを通告された。


参加した5カ国のうち、日本を除く4カ国で協議は済んでいて、決定後に竹下が呼ばれて結果だけを伝えるという酷さだった。

ここに日米為替戦争と呼ばれる30年以上の戦いが始まり、260円だったドル円レートが、3年で120円まで下落しました。

3年間に円が2倍に切り上げられたので、1971年から1978年の円高よりも急激でショックは大きかった。


2020年はプラザ合意から35周年だそうですが、何かをお祝いしようという動きはまったく無い。

1985年の総理大臣は中曽根康弘で、彼はこの苦境を国内需要の活性化で乗り切る事にしました。

低金利で「金余り」を作り出し株価と地価を吊り上げて、大規模公共事業を連発し、経済成長路線を取りました。


これが「バブル経済」の原因になったのですが、取り合えず日本を崩壊の危機から救ったのも事実でした。

もしこの時中曽根首相が緊縮政策を取っていたら、「失われた30年」は現実より10年以上早く訪れていたでしょう。

バブル経済を謳歌している間に天安門事件、中国の高度成長開始、ソ連崩壊と続き、冷戦崩壊で日本の居場所がなくなりました。


米国とソ連が対立していたから、日本は「アジア最強の同盟国」として優遇されたが、冷戦が終われば「ただの敵」です。

レーガン大統領はヘラヘラ笑い「最も重要な同盟国」などと言いながら通貨戦争を仕掛けてきた。


外交の世界にはトモダチも同盟国も無い。
4a8ede7cef6b6d888bc283425ea55da8
引用:http://rapt-neo.com/wp-content/uploads/2015/07/4a8ede7cef6b6d888bc283425ea55da8.jpg


翻弄される日本と投資家

こんな時に登場したのがビル・クリントン米国大統領で、彼はアメリカの誇りを傷つけた日本を心底憎んでいました。

有名な逸話としてビルクリントンは中国や韓国、アジア諸国に電話を掛け捲り、従軍慰安婦や侵略で日本を責めるよう依頼した。

1993年には自民党が下野して細川政権から村山政権まで、反米主義の野党政権が続きました。


アメリカの報復なのか偶然か、1995年には超円高になり79円をつけ、全ての輸出産業は崩壊と言える打撃を受けました。

円高進行中に阪神大震災が発生して円高に拍車を掛け、この頃のダメージから今も日本は回復していない。

1997年から98年にはアジア通貨危機を引き金に日本の大企業や銀行が倒産し、山一ショックなども起きています。


2001年には米同時多発テロ、2002年にはITバブ ル崩壊、2003年には「りそな危機」など銀行危機と毎年のように金融危機が起きました。

こうした危機を乗り切るため日本政府は「ゼロ金利政策」をとり世界的にも金余りになっていた。

そこに襲ってきたのが米国発の「サブプライムショック」で後にリーマンショックに発展しました。


経済危機を責任を取らされて自民党はまた下野し、また反米政権の下で円高が進行し、また巨大地震が発生しました。

1995年のドラマの再放送のように、あっという間に100円を切り、2011年10月31日に1ドル75円をつけました。

だが2012年、不思議な事に民主党が選挙で負けて去っていくと、急激に円安に戻っていきました。


2020年現在は1ドル109円で推移していますが、これまで見たように明日突然円高が始まるかも知れません。

残念ですが日本のような為替変動が大きい国では、アメリカの投資家のように「買い続ければ必ず株価は上がる」という投資法は通用しません。

株価や地価は為替相場に連動するので、超円高の時に企業の業績をいくら見ても「無駄」なのです。


なぜ他の国の通貨はあまり変動しないのに、日本円だけが急上昇や急降下するのか、不思議に思えます。

外人アナリストや外国の研究者によるとそれは「日本がアメリカに安全保障で依存しているから」だそうです。

アメリカ軍に守ってもらっているので、日本の通貨政策や経済政策は結局アメリカが決めていて逆らえません。


「日本は軍事費が少ないから経済に回す事が出来て発展した」と思っているのは日本人だけで、外人はそう思っていません。


スポンサー リンク