阪神大震災で村山首相は自衛隊に「救助するな」と命令し、救助に向った隊員は「クーデターを起こそうとしている」として処罰した。
東北地震の菅首相もまったく同じ事をした。
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引用:http://livedoor.blogimg.jp/shyougaiitisekkeisi2581/imgs/4/c/4ca62bdd.jpg


熊本を襲った震度7の地震で大きな被害が出ているが、政府と自衛隊は初日にどう動いたのでしょうか。

過去の阪神や東北地震では時の政権が大失敗を犯し、被災者を捨てて救助しないよう命令していた。


阪神大震災と東北地震の失敗

熊本で大きな地震が発生し、被害が出ているが、ここでは自衛隊がどう動いたかを追跡してみたい。

というのは阪神大震災、東北地震ともに自衛隊の初動の行動が後で大問題になり、原発メルトダウンの原因にもなったからです。

後で検証しようと思っても当時の記録は消えてしまい、どちらも責任はうやむやになってしまいました。
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阪神大震災では、地震発生後に社会・自民の村山政権が自衛隊の出動を禁止し、救助できる人を見捨てました。

東北地震の民主、菅政権でも自衛隊による救助と福島原発支援を禁止して、建屋爆発の原因を作りました。

どちらも「自衛隊が内閣や自治体の正式な命令・要請を待たずに動いた」ことがクーデターに該当すると言っていました。


例えば東北地震では航空自衛隊は地震の数分後にヘリや航空機を飛ばしているが、これも民主主義の冒涜だそうです。

もし自衛隊のヘリが菅内閣の命令を待たずに、勝手に被災者を救助したら、処分を受けるので助けなかったのです。

阪神大震災では命令がなく暇を持て余していた部隊が、自主判断で住民の救助に向ったら、連れ戻して処罰しました。


阪神大震災の時に内閣の閣僚は官邸に集まってテレビを見ながら、総理が「どうすればいいんじゃろう?」と発言した有名な逸話が残っています。

対照的に自民党政権では、新潟地震・雲仙噴火・三宅島噴火、東海村事故などを見ると、自衛隊が先に行動し事後承認しているようです。

現実の災害時には「政府が現場に指示を出す」など不可能で「現場が政府に指示を出す」事になるのです。



被災者を救助すると処罰される国


左翼系のマスコミは阪神、東北地震で、被災者を救助しなかった事ではなく、命令が無いのに勝手に出動した自衛隊を「軍国主義の復活だ」と批判していました。

刑事ドラマで「事件は会議室じゃなく現場で起きてるんだよ」と言っていましたが、パニック状態ではそうなります。

それでは4月14日午後9時26分に、熊本県で震度7を記録した地震で、自衛隊がどう動いたかを見てみます。


防衛省は地震後の10時過ぎに、航空自衛隊のF2戦闘機とヘリコプター1機を現場に派遣し、情報収集に入ったと発表しました。。

過去の例から地震発生後10分程度で、テレビカメラを積んで緊急発進したと思われます。

防衛省は午後10時半頃、省内に対策室を設置しました。


午後10時30ごろ陸上自衛隊西部方面総監部では「被害状況の確認中で、現在隊員に呼集をかけている」と広報しました。

菅義偉官房長官は14日深夜、首相官邸で会見し、自衛隊350人と警察消防400人を派遣していると発表しました。

22時40分、熊本県知事は陸上自衛隊第8師団に自衛隊法第83条2項に基づく災害派遣要請を行いました。


日本ではこのように知事や市長が直接救援要請をするまで、法律上自衛隊は何もしない事になっている。

だが阪神大震災では神戸市長や兵庫県知事が被災した為、救助要請が長時間出されませんでした。

防衛省は午後10時20分ごろ、熊本市の陸上自衛隊北熊本駐屯地から、初動対応部隊を益城町方面へ派遣した。


菅首相は自分が事故を防いだと演出する為、視察まで自衛隊による一切の原発救援を禁止し爆発させました。
住民の救助も自分が指示を出すまで禁止し、自衛隊は初日にほとんど活動していない。
kan110312
引用:http://garyu-machiai.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2011/05/15/kan110312.jpg



自衛隊の先走り、自民政権では処罰無し

熊本県知事の派遣要請より20分早いので、村山富一や菅直人なら「自衛隊が地震を利用してクーデターを起こした」と大騒ぎする場面です。

10時38分に気象庁は「平成28年熊本地震」と命名したと発表しました。

15日0時ごろには、防衛省は初動対処部隊「ファストフォース」を現地に派遣したと発表しています。


これも恐らく官邸に許可を求め、許可を得てから派遣したのではなく(数時間かかる)、「派遣したよ」という事後報告だったでしょう。

自衛隊から次々と送られてくる事後報告を、あたかも最初から承知していたように振舞うのが、自民党政権では恒例になっている。

正式な手続きを踏んでいると、一つ一つの行動に数十分から数時間の遅れが出てしまうからです。


2015年の御嶽山噴火や、小泉政権の新潟地震、森政権の三宅島噴火、小渕政権の東海村臨界事故はそうやって来ました。

安倍首相は午後11時ごろ、地震非常災害対策本部に出席し「万全を期して欲しい」と指示したが具体的な方策は示さなかった。

総理や閣僚が現場への指示など出来る訳がないので、それぞれの判断でやってくれという事です。


15日朝5時には益城町役場の駐車場が、陸上自衛隊の支援基地として、炊き出しなどを行っていました。

陸上自衛隊の炊飯車やトラック数両が見られ、住民数十人が並んで救援物資を受け取っているのがテレビで放送された。

菅官房長官は15日朝7時40分の会見で、自衛隊は1600名、警察1915名、消防1337名、消防団員1600名を向わせたと発表しました。



その時の政権で災害対応がコロコロ変わる

閣僚を含む政府調査団を今日中に熊本県に派遣し、状況の把握や現地との連携を強化するとしている。

阪神大震災では「政府には関係無い」といってあらゆる支援を突っぱねたのとは様変わりしている。

また阪神大震災では被災者への政府からの支援金は1円も支払われなかった(支援金は借金になった)が森政権からは支払われるようになった。


政府が被災者にお金を払う制度が確立したのは森政権から小泉政権で、家屋倒壊で300万円以上が目安になっている。

こうなったのは雲仙普賢岳では義捐金だけで1軒数千万円、阪神大震災では1軒40万円と義捐金に大きな差が出たからでした。

新潟の2回の地震では1回目は1軒300万以上集まったが、2回目になると地震そのものに飽きてしまったのか、義捐金が大幅に減少しました。


対策として小泉政権は、義捐金の不公平を是正する為、不足分を政府が支払うと制度化しました。

森政権の三宅島では、あくまで一時的な対応だったと思います。

このように日本の災害では、その時々の政権によって救済方法や支援金まで、大きな差が出ています。

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