これほどあからさまに、自分を誇示できる人はアメリカ人にも少ない
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引用:https://www.ridus.ru/images/2016/2/18/366434/large_55b25b2fe3.JPG


米大統領のドナルド・トランプについては、嘘つきだとかやり手だとか、両極端の評価が聞こえてくる。

だが実際のトランプ氏の生まれや生い立ち、どんな風に成功したかを知る人は少ないのではないでしょうか。


トランプ氏はどんな人か

大富豪のトランプ氏はヒラリーと争って大統領選に当選したが、最初から型破りで奇抜な言動が多かった。

そもそも彼はどうやって資産を築き、全米有数の富豪になったかを見ると、かなり興味深い人生を送っている。

富裕層や資産家、成功者には2種類のタイプが居て、親から受け継いだものを生かしたタイプと、そうでない者が居ます。

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金持ち、資産家、政治家、有名投資家などのほどんどは、親から受け継いだ資産を運用しているだけです。

全米調査では驚く事に、女性資産家で自分の力で富裕層になった割合は、ほぼゼロでした。

アメリカの資産家の95%は男性で、5%の女性のうち、自力で資産を築いた人は19%だった。


男性は70%が自力で資産を築いていたが、親の資産を元手に増やした人がかなり含まれていて、完全に自力のみは4割以下と推測されます。

さらにアメリカ人の3分の2が資産ゼロ、つまり無一文で、上位1%の富裕層の冨が下位90%の冨を上回った。

アメリカンドリームの現実はかなり厳しくて、1%の富裕層に入れない人の大半は、一生資産ゼロで生きなくてはなりません。


さてドナルド・トランプは庶民から富裕層に成り上がったと主張しているが、父親はニューヨークで不動産業をしていました。

フレッド・トランプはスウェーデン移民の子で、アメリカで生まれて住宅建設業者をしていた。

フレッドの父つまりドナルドの祖父は、いわゆる「ろくでなし」でレストラン経営をしたが早世してしまった。



父フレッドから英才教育を受ける

残されたドナルドの祖母は針仕事をしながら3人の子供を育て、フレッドは腕の良い大工になり独立した。

大工のフレッドは安い土地を買い、念願だった自分の家を自分の手で建てたが、すぐに売り払った。

何もない土地に家を建てて売ると、それだけで利益が出たからで、貧しかった一家はかなり裕福になりました。


「エリザベス・トランプ&サン社」というのが父親の会社で、不動産を買っては家を建てて、前より高い値段で販売していました。

1920年代にアメリカは空前の好景気になり、自動車や家が飛ぶように売れ、株価が天井知らずに上昇していました。

生活水準が上がると、自動車やラジオ、洗濯機や冷蔵庫など、様々な家具を所有するので、前より広い家に人々は住みたくなります。


フレッドがビジネスを成功させて会社を立ち上げたのは、なんと18歳の時で、未成年だったので母親を名義人にした。

1929年の大恐慌を無難に乗り切り、次々に土地を買い建物を建て、ビジネスを成功させていた頃、ドナルドが生まれた。

ドナルドは大学在籍中から父の会社を手伝い、1968年に22歳で父親の会社に入社している。


3年後の25歳で会社を譲り受けたが、父親が独立した18歳よりは遅い。

ドナルドの手法は基本的に父親と同じだったが、より大規模に、より派手に行いました。

フレッドは1929年大恐慌で、破綻した会社を安く買って大儲けをしたが、トランプもこれに倣っている。



負債と復活

1970年代から80年代のアメリカは「ベトナムの後遺症」と呼ばれた酷い時代で、ニューヨーク市が破産したりしていました。

トランプを一躍有名にしたのは日本にも関係があるNYの「プラザホテル」を買収してトランプ・プラザと名づけた。

他にも次々に破綻した物件を買い叩いては「トランプタワー」を増やしていきました。


このやり方は批判が多いが、破綻したホテルを買い取って投資して成功させ、多くの人をピンチから救ったのも事実だった。

やがて買収した物件の幾つかが多額の負債を抱え、トランプは何度も破産の危機に陥っている。

だが諦めないトランプは、「自分が破産したらお前の銀行は大損失を受けるぞ」と逆に銀行を脅して債権を放棄させた。


借金が巨大なら、政府や銀行は破綻を恐れて救済するという法則を学び、90年代のピンチを乗り切った。

2000年代に入るとトランプは映画やテレビに出演して自分の顔と名前を売り込むようになりました。

「有名になれば金に成る」事を学び、この頃ブームになった「セレブ」として活動していった。


「トランプ」をブランド化しトランプホテル、トランプタワー、トランプ大学まで作りアメリカの好景気で華麗に復活した。

やがて彼は自分が大統領になる事を想像し始め、ブッシュが当選した大統領選で、副大統領になろうとした。

これは失敗し、少数政党のリーダーになろうとしたが、少数政党は内部対立で崩壊した。


そこで「大統領になるには2大政党から立候補しなければ駄目だ」と悟り、共和党党員として活動を始めた。

彼はマスコミに多く登場し、自分のテレビ番組を持つほど精通していたので、テレビをうまく利用した。

不満を持つ人々に語りかけ、自分なら解決できると納得させ、多くの支持者を獲得していった。

そしてついに共和党の大統領候補にまで辿り着いたのだった。


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