ケインズは陽気な楽天家で、妻はロシア人バレリーナだった。
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引用:http://f.i.uol.com.br/folha/mercado/images/15107508.jpeg


安倍首相が返り咲いたとき、アベノミクスはケインズ経済を見本にしていると言われていました。

結局アベノミクスは始める前に辞めてしまったが、ケインズの影響は今も世界中で残っています。


投資家ケインズ

ケインズは経済学者、イギリスの経済官僚、など多くの顔を持っているが、投資家としても知られている。

ケインズの投資法は古典的で堅実な手法だが、現役時代のケインズはむしろ、投機的で無謀な手法を好みました。

大儲けをする一方で何度か破産して、破産しない堅実な投資法を編み出していきました。

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生まれたのは1883年で明治16年、伊藤博文が初代総理大臣になる前で、日本国はまだ形を成していませんでした。

父親も経済学者なので言わば世襲の学者であり、裕福な家庭で育ち名門高校から、最高学府のケンブリッジ大に進学しています。

投資家という職業は誰にでもチャンスがあるのだが、有名な大投資家ほど、父親が裕福だったり名家だったり実力者という傾向があります。


生まれた時から家が貧乏で、歯を食いしばって頑張ったハングリータイプの投資家は、どこかで破産して倒れるケースが多い。

ともかくケインズは勉強の方では頑張ったらしいが、裕福な家庭で、何不自由なく当時超大国のイギリスで楽しく生活していました。

大学では経済学で学位を取り、名門ケンブリッジでも天才の名を欲しいままにし、自由を謳歌していた時に襲ったのが、第一次世界大戦でした。


ケインズは戦争に行く事も無く、エリートとして財務省に就職して、イギリス代表としてパリ講和会議に出席しました。

そこでケインズは戦勝国がドイツに巨額賠償金を課そうとしているのを批判し、財務官僚の座を蹴っ飛ばして大学に戻ってしまいます。

戦勝国の代表らは、もっぱら領土や自国の権利に関心があり、経済や金融には無知な上に無関心だった。



ヒトラー誕生を予言? 賠償金に猛反対

戦勝国はドイツには払いきれないほど莫大な賠償金を課して、”懲らしめれば良い”と考えたが、ここには大きな問題があった。

考えてみると当たり前の事なのだが、賠償金は外貨のポンドやフランで支払うので、ドイツは膨大な外貨を用意しなくてはならない。

膨大な外貨を得る為にはドイツの貿易は巨額の貿易黒字でなくてはならず、そうでなくては賠償金を支払えない。


当時は今のような変動相場制ではなかったので、固定レートであり、輸出したから円高やマルク高にはならなかった。

つまりドイツが払う賠償金とは、イギリスやフランスに輸出して儲ける事であり、自分で自分に賠償金を払うに等しい。

こんな事は不可能だと指摘したケインズは、戦勝国に賠償金全額を放棄するよう迫り、もしそうしなければ『大変な事になる』と警告した。


その「大変な事」が起きたのは大戦終結からわずか一年後で、アドルフヒトラーが最初に地方選挙に立候補して政治活動を始めました。

ヒトラーが望んだのはドイツに巨額の賠償金を課した戦勝国への復讐で、巨額賠償金がなければヒトラーは民衆から支持されなかったかも知れない。

実際にはケインズが賠償金を巡って猛反対していた頃、既にヒトラーは政治活動を始めており、関連性があるのかは分からない。


この後、案の定、ドイツでは賠償金を支払えずにハイパーインフレが発生し、国民生活は完全に崩壊しました。

戦勝国、特にフランスは賠償金の猶予に一切応じず、フランス軍をドイツに侵攻させて、賠償金の代わりに領土をぶんどりました。

1930年頃まで約10年間、主にフランスによる賠償金ぶんどりは続けられたが、この間の苦境がドイツ人にヒトラーを支持させた。



天才投資家から堅実な投資家へ

そしてケインズが予言した大変な事は、第二次世界大戦という形で現実になりました。

イギリスの財務官僚としてパリ講和会議などで活躍したケインズだが、私生活では株式投資などをしていました。

経済学者として現実の相場で勝って正しさを証明したいという欲求の他に、単純にお金が欲しかったようでもある。


ケインズは名家の坊ちゃんらしく浪費家で、財務官僚としての給料では足りずに株式投資をしていました。

最初に投資を始めたのは大学生の時で、最初の10年間で1万6千ポンド(現代の8億円前後?)という資産を築きました。

だが賠償金に猛反対していた頃、「賠償金を支払うドイツマルクは下落する筈だ」と考えてドル買いマルク売りを仕掛けました。


結局予想通りマルクは暴落したのだが、良くある事で一時乱高下し、マルクが上がった時にケインズは破産しました。

儲けた全財産を失ったが、彼の親は金持ちだったので、借金を払ってもらった上に、新たな投資資金まで貰いました。

これだから『親が金持ちの投資家の方が、成功しやすい』のです。


父親に尻拭いしてもらったケインズは、今度は先物相場で大儲けし、何と現在の価値で20億円近くの資産を築きました。

経済学者としても投資家としても絶頂期の時に襲ったのが、1929年の世界大恐慌で、ケインズはまた大打撃を受けるが、この時はスッカラカンにはなりませんでした。

過去の失敗に学んだのか資産の2割ほどは残し、これを元手に今度は、堅実な株式投資を研究します。


この後で完成させたのが、今日まで残る「ケインズの投資理論」で、投資家としては晩年にまとめられたものでした。

それまでは「イケイケ、ゴーゴー」みたいなスタイルだったのが、「投資は慎重さが大事だ」などと言うようになっています。

結局ケインズはなくなるまで勝ち続け、それ故に偉大な投資家として名を残しています。

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