マッカーサーは自分が大統領になりたいという野心のために日本を利用した。
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引用:http://blogs.c.yimg.jp/res/blog-fa-95/naojyi/folder/1134515/20/15427020/img_0


日本国憲法の違法論争

ある種の人々に言わせると、戦後75年の平和は日本国憲法のお陰でもたらされたという。

日本国憲法の改正を巡って有識者が対立し、自衛隊や選挙が憲法違反かどうか、議論が白熱している。

ところが今から75年前、”新しい憲法”を憲法違反のゴリ押しによって、ある独裁者が日本人に押し付けた。

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その独裁者は安倍首相の爺さんではなく、ダグラス・マッカーサーというアメリカ軍人でした。

マッカーサーは憲法の規定や議会の手続き、民主主義などを無視して「この憲法を成立させないともう一度空襲して日本人を滅亡させる」と言って成立させた。

日本国憲法改正には国民投票が必要だが、そもそも最初に国民投票なしで強要しました、


当然日本国内の有識者に「日本国憲法は憲法違反の違法な憲法だ」というマンガのような議論が巻き起こった。

だがマッカーサーは裁判官や東京大学といった権威に圧力をかけ『憲法学』という奇妙な学問をでっち上げた。

『憲法学』は世界で日本にしか存在せず、学問として認められてもいないが、日本人はその事実を知らされていない。


誰も学校で「憲法学という学問は、違法な憲法を押し付けるためにアメリカが作りました」とは教わらないので、日本人だけが知らない。

1945年8月28日に帝国海軍厚木飛行場に米軍第一陣が到着し、8月30日にマッカーサーが降り立った。

9月2日には陸海軍解体を命令したが、むろん法的根拠は一切なかった。



独裁者マッカーサー

全ての新聞に内容の書き換え、発行停止、共産主義者を必ず雇用することなどを指示し、この時から日本の全新聞が「左翼新聞」になった。

「文化人」が一斉に日本や天皇、日本人などを罵倒し始めたのもこの時からで、現在も続けられています。

1945年(昭和20年)10月4日、マッカーサーは日本政府に憲法改正を命令し、警察解体、政治犯釈放、天皇を批判するよう新聞に命令したりもした。


東久邇宮内閣はマッカーサーの命令が民主的でなく、憲法違反だから従わないとして総辞職しました。

マッカーサーはただの軍人に過ぎないのに、日本の独裁者として君臨し、我が物顔に振舞っていました。

日本側はマッカーサーの命令を拒否し、憲法調査会を組織して、時間を掛けて改正すると回答しました。


後に判明した事は、この時マッカーサーは大統領選挙への出馬を狙っていて、「自分が日本を降伏させ統治した」という実績が欲しかったのです。

1945年11月に憲法改正のための委員会が発足し、1946年1月にGHQに提出しました。

日本側の案は現行憲法(帝国憲法)に米国の要望を取り入れて改正する案だったが、マッカーサーは拒絶しました。


マッカーサーの意向は日本人と天皇を『犯罪者』と定義し、帝国憲法を破棄する事だったのでした。

マッカーサーはアルバイト職員に、2月4日からの7日間でで英語の憲法草案を書かせ、日本語に翻訳して新聞社に直接掲載させた。

国会議員や総理大臣が内容を知ったのは、3月7日の新聞を読んでからという有り様で、日本人は新聞に載ったのだから政府が作ったのだと思いました。


マッカーサーは日本政府や議会に無断で新憲法を新聞に掲載し、これを承認しろと迫った。
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引用:http://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3b/4a/40e17f0f64d1d40ab3d50fd1b116e204.jpg



違法な憲法に従う事はできない

この時全ての新聞はGHQの支配下にあり、検閲によって米軍が内容を決めていたのです。

またこの頃、NHKラジオは日本軍がいかに大陸で酷い戦争犯罪をやったかという放送を、連日朝から晩まで流していましたが、内容は全て作り話で、従軍慰安婦などもこの時でっち上げられました。

今でもNHKが一日中日本の悪口しか放送しないのは、この時のアメリカ軍の命令を今も守っているからです。


マッカーサーは「新憲法を承認するかもう一度戦争をするか」と迫り、5月の帝国議会で可決させました。

審議は一切行われず、もちろん国民投票もなかったが、自分が作った憲法では「改正には議会の3分の2の賛成と国民投票が必要」と勝手な事を書いた。

こんな憲法は無効だと日本の言論人や有識者は一斉に騒ぎ始めたので、適当な理由で片っ端から逮捕しました。


マッカーサーはさらに「新憲法を合法化しろ」と東京大学に要求し、東京大学は『憲法学』をでっち上げました。

帝国大学(東大)法学部の最高権威は宮澤俊義教授で、最初は「新憲法は違法である」という立場をとっていた。

だがマッカーサーから脅されたのか「日本はアメリカに降伏していない」「日本国民が天皇を倒して革命を起こし、新憲法を制定した」と言い出しました。


どこにもそんな事実はないが、そう言わないと宮澤教授は戦犯として極刑になるという事です。

東大の最高権威が合法だと言ったので、子分達も合法だといい始め、違憲論は鎮圧されました。

これが日本国憲法が成立した経緯であり、どこからどう見ても立派に「違法」で、これが合法ならヒトラーも立派に合法でしょう。


日本国憲法が合法だなどと言うのは、独裁者の無法行為を認め、民主主義を否定するという事です。

マッカーサーの野心は自分が大統領になる為に、日本を貶め利用する事で、原子爆弾や絨毯爆撃もそのために行いました。

憲法学という犯罪者の学問とともに、葬り去られるべきものです。


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