建物の損傷は小さく、地震後しばらくは存在していた
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引用:http://blog-imgs-45.fc2.com/b/e/a/beatpurin/20121121161311974.jpg


消された津波被害

東日本大震災では小学校や保育施設も被災したが、それほど知られていない例に宮城県の山元町東保育所がありました。

被害が園児3人と他より少なく、その後の裁判で町の対応は正しかったという判決が出たことで、既に忘れ去られている。

しかし山元町東保育所の所長や保育士らが取った対応は、同じ宮城県の大川小学校とほとんど同じであり、大きな問題が潜んでいる。

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教師や保育士が常識はずれな行動をするのが宮城県だけかというと、日本中でこういう人が要職についている気がする。

突然の災害や事件事故に遭遇したら、どの町でもこのような事態が発生するのではないかと考えられる。

山元町東保育所の職員らはどんな対応をし、一体なにが起きていたのでしょうか。


地震発生は2011年3月11日午後2時46分で、津波到達は午後4時過ぎだったので1時間20分もの時間があり、園児でも十分に逃げる時間があった。

一審二審の裁判官はともに「津波は偶発的な災害で予見できなかったので町に責任が無い」としたが、予見できたかが問題だったのではない。

山元町東保育所での被害は3ヶ月以上秘密にされ、明るみに出たのは新聞報道によってだった。


この3ヶ月の間に宮城県は「園児犠牲ゼロ」を誇りマスコミの取材を受けて賞賛され、いかにして犠牲ゼロを成し遂げたか等をテレビで自慢していた。

東保育所は地震発生時に昼寝の時間で64人の園児がいたが、1時間以内に多くの保護者が引き取りに来て、残ったのは職員14人と子ども13人になった。

山元町は待機の指示を出し、所長は地震時に保育所にいて、13人の園児らを園庭で待機させた。


「しかたなく」も「やむを得なく」もなく避難を禁止した人間がいて避難させなかった
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画像引用:http://memory.ever.jp/tsunami/higeki_yamamoto_hoikuen.html


何度も繰り返される同じパターン

午後4時ごろ、保育所から80メートル先に津波が迫ったのを発見し、保護者の自家用車10台で避難を始めたが、最後尾の1台だけが津波に飲まれた。

計算すれば分かるがどんな自動車でも4人か5人は乗車できるので、合計27人だから6台以下で全員乗車できました。

所長をはじめとして「待機」を決めた責任者は我先に車を奪って逃げ出し、子供を捜して車に乗せて最後に出発した職員が脱出できなかった。


当時の新聞によれば、最初の車には職員一人と子ども3人、2台目には職員一人だけ、3台目は職員3人と子供一人が乗っていて、所長は園児と職員を置いて先に逃げ出していました。

先に逃げた車ほど乗車人数が少なく、職員一人だけ乗って園児を置き去りにした者すらいました。

後方の6台は水で前を塞がれて動けなくなったので、建物の2階に上るなどして難を逃れたが、最後尾の1台だけが逃げれなかった。

その最後尾の車に乗っていたのは保育士一人だけと園児が5人で、最後まで保育所に残って園児全員を乗せたため逃げ遅れた。


所長は3時20分に役所に指示を仰ぐ為職員1名を派遣し、戻ってきた職員は「現状待機の指示を受けた」と報告しました。

4時ごろに職員の一人が数十メートル先に迫っている津波を発見し、保育所にもどって「津波だ逃げろ」と叫んだ。

所長や職員らは近くに居た園児一人ほどを乗せて我先に避難をはじめ、園児5人と主任保育士1人だけが保育所に取り残された。


主任保育士は5人の園児を集めて車に乗せて走り出したが、既に道路が冠水していたので保育所に戻り、建物に入ろうとしたようです。

1、2歳児の2人の手を繋いで車外に出ところで津波につかまり、胸まで水に浸かったので6歳の1人を車の上に押し上げたが、他の子供たちとは離れてしまった。

主任が背負っていた1歳児と、車に押し上げた6歳児が助かり、他の子供たちは視界から消えていった。


裁判官は保育所は町の待機指示に従い、津波は予見できず落ち度は無かったと述べたが、果たしてそうなのだろうか?

責任者や大人たちは常識的な事を実行せず、災害だからしょうがいないという事では割り切れない。

職員に最低限の常識さえあれば大川小学校と山元町東保育所の全員が助かったが「避難するな」と禁止したから犠牲になった。


目の前に津波が迫っているのに教師や職員は権力争いをし、勝手に避難するなと言って子供たちをその場にとどまらせた。

大川小学校では一度裏山に上った子供たちを教師が引きずり降ろして怒鳴りつけ、子供たちは恐怖で泣き叫んでいたとその場にいた人は証言している。

大川小学校の例もそうだが、県や役所の説明がことごとく保護者や目撃者の証言とは食い違っている。

(この記事は2014年から16年に書いた記事の再掲です)


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