サラブレッドでも乗っている人物(178cm)との比率では、間違ってはいない。
戦国武将は身長160cm前後の人が多かった
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引用:http://livedoor.blogimg.jp/aoba_f/imgs/2/0/201c4510-s.jpg


日本馬はポニーだったという大嘘

第二次大戦に負けてから戦勝国に媚を売るためか、日本叩きや日本を貶めようとする知識人が登場し、文壇やテレビで人気者になった。

歴史家も例外ではなく、「日本はこんなに酷い国だったんですよ」という知識を得意げに披露していた。

それが本当の事なら良いのだが、誰かから聞いた間違った知識だったり、意図的に嘘をついていた人も居た。

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今は少なくなったが時代劇というドラマのジャンルがあり、時代は江戸時代か戦国時代と決まっています。

江戸時代は現代と価値観が似通った部分もあり、貨幣の流通で資本主義経済もあったのでドラマ化しやすい。

賄賂を貰って私腹を肥やす悪代官など、お金があっても商品を買えない時代では成立しないので、江戸時代はストーリーを広げ難い。


時代劇の定番は将軍様が白い馬に乗って颯爽と走り回るあのドラマだが、登場する馬はサラブレッドか現代のアラブ種のような大型馬です。

時代劇の解説で「戦国時代や江戸時代の日本馬は小型で、馬に乗って走ることなどできず、騎馬隊も存在しなかった」というのが流行りました。

幕末に日本に来た西洋人が日本馬を見て「これは犬ですか?」と質問したうそ臭いエピソードも彼らのお気に入りです。



戦国時代の馬は西洋馬より大きかった

聞いた人は「そうだったんですか、イメージが変わっちゃいましたね」などとガッカリする流れだが、実際はその「新事実」のほうが大嘘なのです。

まず歴史家が「日本の固有種」といっている小型馬のほうが実は外国から輸入した輸入馬で、戦国時代の日本種は、むしろ外国馬より大型でした。

日本の戦国武将の馬でサイズが記録してあるのが何頭かいて、全部嘘を書いてあるというのも無理があるので、当時の馬の大きさを知る事ができる。


前田慶次の「松風」は4尺7寸、本田忠勝の「三国黒」が4尺9寸、加藤清正の「帝釈栗毛」は6尺3寸とされるが清正のは真偽が疑わしい。

加藤清正は朝鮮半島で「トラ退治」してトラを絶滅させた事になっているが、作り話とされていて、元来のほら吹きだった疑いがある。

それはともかく武田信虎の「鬼鹿毛」は4尺8寸、織田信長や上杉謙信など有名武将の馬は4尺7寸から5尺以上だったとされている。


馬の大きさは体高(肩までの高さ)で表され、競走馬のサラブレッドは160cm台である場合が多く、競走馬のアラブ種だと約140cm台です。

戦国武将の名馬の平均体高を4尺7寸とすると47寸なので142cmになり、JRAのアラブ競馬でパッパカ走っていたアラブ馬と「まったく同じサイズ」でポニーではない。

JRAはアラブ種の競馬を廃止したが、地方競馬では見る事ができ、サラブレッドと比較してもそれほど小さくは無い。



日本が憎けりゃ馬まで憎い人たち

日本の歴史家が「小さい、小さい」と言っている犬のような日本馬は、実は江戸時代に農耕に使用するため、外国から小型品種を導入し、わざわざ小型化したものでした。

日本列島には元来「馬」というせ生物が存在しなかったと考えられ、日本固有種といっても人間が運んで使役していた品種でした。

古墳時代に誰かが馬を連れてきてから、断続的に大陸から新品種が導入され、戦国武将はモンゴルの立派な馬を、江戸時代の農民は小型の農耕馬を使っていました。


幕末に西洋人が「これは犬か」と聞いたのは田畑で農作業をする馬だったので、小型の品種だったという訳です。

戦場で使われるのはもっと大型の品種で、特に有名武将にとって馬はステータスシンボルで、現代の高級車や自家用ジェットに相当します。

農耕馬は体高120cm台で武将が乗る名馬は140cm台、戦国武将の所有馬は現代のアラブ馬と同じ大きさだったのは分かりました。


サラブレッドという品種が固定されたのは1800年ごろなので江戸時代後期、幕末になっても欧米ではサラブレッドが一般的ではなく、もっと小型の馬が主流でした。

西洋の名馬の大きさはどうたったかというと、1800年ごろにナポレオンが乗っていた「マレンゴ」は142cmだったと記録されています。

サラブレッドは既に誕生していたので、もっと大きい馬もあったはずだが、あんな馬は平地で2000mも走るとへばってしまうので、戦場では使い物になりません。


モンゴル馬のような品種は人間を乗せて何十キロでも走れて山や坂道も登れたので、ナポレオンは最も実戦向きの馬を選んだと考えられます。

アメリカでは西部劇に馬が登場するが、もちろん実際には実用性皆無のサラブレッドではなく、クォーター種やアラブのような中型種でした。

三国志には多くの名馬が登場し、ジンギスカンなど蒙古にも多くの名馬が居たが、それらも戦国武将の馬より大きくはありませんでした。


というわけで「戦国時代の日本の馬は小さかった」という主張は、誤りでした。


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