8月15日のソウル、韓国人は独立する気などなかったが、朝鮮総督府が太極旗を作り独立させた。
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「韓国」の真実

韓国は新大統領になってまた「完全に決着した」筈の慰安婦問題をゼロから蒸し返して、やっぱりなと思われています。

今度はバスの座席に慰安婦人形を座らせて、ミニ慰安婦人形数百体も作った。

そして新しい出し物として最近は「徴用工」に熱を上げていて、強制連行され過酷な労働をさせられたと言っています。

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歴史上の事実がどうたったかは韓国人にはどうでも良く、何かしら日本を非難し続ける必要があるというのが今回の本題です。

韓国人は日本人が善人になって非難する材料が無くなるのをとても恐れていて、是非とも悪人で居続けて貰わなくてはならない。

日本人がいくら証拠を積み重ねて、慰安婦は自主的に働いていたと証明しても、韓国人が認めないのは、認めたら負けだからです。


この捻じ曲がった根性は韓国と北朝鮮の独立前に遡り、日韓併合前の李氏朝鮮時代に原因が求められます。

韓国人が絶対に認めたくないことの一つは『韓国』という国名をつけたのは日本人のしかも極右活動家だったという事実です。

朝鮮半島の国家は1000年以上前から朝鮮を名乗っていて、『韓』がつくのは1500年も前の馬韓・弁韓・辰韓まで遡る。


日本帝国は李氏朝鮮を廃し「大韓帝国」を1897年に建国したが、これは幕末の攘夷志士が主張した征韓論に沿うものだった。

最初に征韓論を主張したのは長州の吉田松陰とされていて、門下生の伊藤博文や山縣有朋、桂小五郎ら門下生によって明治維新後に引き継がれた。

山縣有朋は陸軍卿、内務卿を経て内閣総理大臣に就任、伊藤博文は韓国統監や内閣総理大臣を歴任、木戸孝允(桂小五郎)も文部卿や内務卿を歴任した。


このグループや長州出身者が征韓論の中心メンバーで、中国の属国を現す「朝鮮」ではなく「韓国」であるという議論を展開した。

1895年に日清戦争で日本が勝利すると1897年に大韓帝国と国名を改めさせ、1905年に伊藤博文が初代韓国統監に就任しました。

「韓国」と名づけたのは長州の征韓論者だったが、それでは朝鮮民衆の支持を得られないので、朝鮮王自らが変更した事にしました。


「韓国」は日本の攘夷志士=征韓論者が付けた国名で、それを今も韓国人はありがたがって頂いているのでした。

この一事を見ても韓国人の日本への巨大なコンプレックスが伺えるというものです。

コンプレックスが巨大であればあるほど、韓国人は日本を否定せざるを得なくなります。


李氏朝鮮は世界最貧国で、日本に統治されて貧しい人は皆喜んだ
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引用:http://blog-imgs-11.fc2.com/k/o/r/koramu2/imga435d1cd31b8ww.jpg



日本に併合された朝鮮人は喜んだ


1000年間続いた李氏朝鮮は民衆をわざと貧しくさせて反乱を抑える政策を取ったため、末期には世界最貧国になっていました。

一例として李氏朝鮮は冊封国家として中国皇帝に献上品を差し出すが、何もないので「人間」を輸出していました。

労働をさせるのではなく、満漢全席など料理にしていたというのは、今では指摘するのがタブーになっているが明白な事実です。


宗主国への献上品すら出せないほど朝鮮は貧しく、むろん農民や身分が低い人達はもっと貧しく、数年ごとに大飢饉に襲われました。

日本では「天保天明大飢饉」が有名ですが、朝鮮ではこの程度の飢饉は数年ごとに起きていて、だから朝鮮半島の人口は1000年間増えませんでした。

明治初期に日本の人口は4400万人を超えていたが、朝鮮は600万人で現在の両国の人口比率から考えて、朝鮮の人口が異常に少なかったのが分かります。


李氏朝鮮から大韓帝国へ、さらに日韓併合で日本に併合され、朝鮮の民衆は飢餓から救われて皆喜んでいたのでした。

むろん追放された朝鮮王や貴族、その支持者らは怒り反日運動を行ったが、だから何だと言うのでしょうか?

日本が統治した1910年から1945年までの間、日朝間はずっと日本の赤字で、食料や人材、お金などを投入し続けました。


「日帝時代に日本が搾取した」と良く韓国人は言うが、言うまでもなくこれは「日本に援助してもらった」と言いたくない為に韓国政府が創作した作り話です。

600万人だった朝鮮の人口は1942年に2553万人まで急増し、食糧不足で日本から食料を送っていました。

日中戦争にも第二次大戦にも朝鮮半島は巻き込まれず徴兵もされず、戦争と無縁で過ごしていました。



徴用は朝鮮人の希望で始まり大人気だった


日本軍は朝鮮人は兵士として信用できないという理由で徴兵せず、それは朝鮮人差別だと「徴兵希望運動」が起きるほどだった。

当時の日本では軍人こそ出世街道であり、朝鮮人も軍人になる事で日本で立身出世したかったのです。

大戦末期になってようやく朝鮮人志願兵の入隊が許可されるようになったが、それをまた「強制徴兵された」と意味不明な事を言っている。


最近韓国が新しいネタにしているのが徴用工で、当初は朝鮮人はやはり信用できないというので日本人だけを対象にしていました。

だがやはり朝鮮人差別だという反対運動が起こり、「朝鮮側の希望によって」徴用が始まりました。

徴用というと強制労働させて給料は払わない印象があるが、これも韓国政府による創作です。


実際の徴用は高給取りで給与明細も残っていて、朝鮮半島で労働するよりずっと待遇が良かった。

朝鮮人は1944年、昭和19年まで兵役・徴用ともに日本側から拒否されていたが、9月になってやっと徴用された。

朝鮮人徴用工の給与明細によると、手取り35円から53円で総支給額が130円ほどとなっていた。


引かれていたのは健康保険、年金、貯金、寄宿舎料、所得税、生命保険、町民税で、貯金として毎月15円も引かれている。

これは現在のボーナスみたいなもので、給料から自動的に貯金して後でまとめて渡していたようです。

日本の巡査の初任給は45円、一等水兵は30円だったので日本人以上だったのが分かり、しかも徴用は週休2日制でした。

怪我をすれば生命保険が支払われ、国保にも加入していたので医療費の負担は軽かったと考えられる。


朝鮮人徴用工の給与明細
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引用:http://userdisk.webry.biglobe.ne.jp/003/141/70/N000/000/000/129436513774716313961.jpg



光復は日本軍のやらせだった

炭鉱労働は重労働なので月の労働日数は22日で、手取りが約35円でしたが休むと日給なので収入は減りました。

給与明細では労働日数がバラバラで、体調が悪いなどの理由で休む事ができたのも分かります。

こんな調子で徴用は楽で良い仕事だというのが知られ、募集に対して数十倍の応募がありました。


1945年8月に日本は敗戦するのだが、8月15日終戦の日に朝鮮建国準備委員会を立ち上げ、9月6日に朝鮮人民共和国という傀儡国家を建国しました。

終戦の日もいつもと変わらず朝鮮総督府と日本軍が治安を維持し、朝鮮を独立させたというアピールのために、独立式典などを開催させました。

韓国の独立記念日になっている光復とは、朝鮮総督府が用意した太極旗をくばり、民衆が万歳したという「やらせイベント」でした。


だがアメリカは韓国を独立させるつもりが無く、たった3日後に進駐してきたアメリカ軍によって取り消されてしまいました。

占領軍として進駐してきたアメリカ軍に対して反米闘争が巻き起こり、大韓民国建国に繋がっていく。

朝鮮人がアメリカに反発したのは日本統治時代より抑圧的で生活も悪化したからで、「日本から独立などしたくない」という人が大半でした。


朝鮮人鉱夫の厚遇振りをつたえる朝日新聞
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引用:http://www.jpnews24.net/wp-content/uploads/2015/07/20150622163520.jpg



日本から独立を望んだ朝鮮人など居なかった。

朝鮮半島では日本敗戦後も日本人焼き討ちや暴動などが起こらず、朝鮮人は日本人が船で去っていくのを手を振って見送りました。(38度線で遮られた北朝鮮に残った日本人は帰国できなくなる)

韓国という国家を建国したのは日本統治が終わり、アメリカの軍政が横暴で民衆が反発したからでした。

できる事なら日本の一部に留まるか、いっそ日本に密航したいというのが当時の朝鮮の人々の希望でした。


有名なパチンコグループの会長などは、このとき密航したと公言していました。

敗戦後の日本とくらべても朝鮮はまだ貧しく、将来も不安に思えたからでした。

建国した大韓民国の元首になった李承晩など国民の誰も知らず、アメリカの傀儡政権だと思われていました。


北朝鮮でも事情は同じで、国民は日本時代は良かったと懐かしみ、独立など真っ平だと考えていました。

そこで金日成は国民の支持を得て権力を強化するため朝鮮戦争を始め、李承晩は数十万人を犠牲にする大粛清を行いました。

南北朝鮮の国民の多くは日本に留まりたがったので、それを否定するために「日帝の犯罪」を創作し始めました。


韓国政府にとって日本は暴力的で横暴でなくてはならず、「日本は正しく朝鮮人は日本に留まりたかった」では困るのです。

創作の結果生まれたのが従軍慰安婦、徴用工、挺身隊などでどれも自分の意思で高収入目当てに進んでやっていた事です。

だが「日本時代は良かった」を認めてしまうと、韓国そのものが無くて良い事になり、建国の意味も無くなります。


本当の事がばれると、韓国は日本に「植民地支配していただき、有難うございました」とお礼を述べなくてはいけなくなるので、日本人が悪人で無いと困るのです。

(この記事は過去に掲載した再掲です)

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