4000年前のメソポタミアには太陽神や旭日が存在し、これがインドを経て日本に渡り、日章や旭日になったと考えられる
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引用:http://livedoor.blogimg.jp/aqacompass/imgs/b/c/bceff9a4.jpg



最古の文明は誰が作ったか

最も古い文明は約5000年前のエジプト文明だと言われていて、それ以前に文明は存在しなかったと言われています。

エジプトが文明として認知されているのはピラミッドや石版の文字が残っているからで、もしこれらが無かったら存在しなかった事になる。

これらが現存しているのは、エジプト文明人が石を建築や記録に用いていた事や、乾燥していて腐敗や崩壊し難いなどが大きな理由になっている。
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もし崩れやすい土や木材を多用する文明が存在したとしても、後世に残らないので、その文明は存在しなかった事になる。

このタイプの古代人として縄文人がそうであり、資材のほとんどが木材で、現存しているのは土を焼いた焼き物だけです。

ナイル川流域に最初の王朝が生まれたのは6000年ほど前だが、これ以前はどうだったのか、良く分かっていません。


エジプト文明人は滅亡し、今のエジプト人とは無関係で、皮膚の黒い黒人だったのではないかという説が有力です。

欧米のエジプト研究者は、ギリシャやローマ文明の起源であるエジプト文明が黒人では都合が悪いと言う理由で、長い間黒人説を否定していました。

エジプト文明よりさらに古いメソポタミア文明は、6000年か8000年前の集落の痕跡が発見されていました。


メソポタミア文明人の人種は良く分かっておらず、黒人と白人が共存していたのではないかと推測されています。

確認されている最古の、文明につながる集落の痕跡は、8000年前程前のメソポタミアだった事になります。

メソポタミアは今のアラビア半島右側、エジプト文明は左側なので、文明が伝播したのは容易に推測できます。



最初の文明は3つの人種の交差点で生まれた

アフリカは8000年前頃には今とはまったく異なる森林地帯で、アマゾンのように高温多湿だったと推測されています。

6000年前頃から森林が減少し始め、5000年前から乾燥期に入り砂漠が形成されたと推測されています。

森林が減少し雨が降らなくなったのと、メソポタミアやエジプトで人口が増え文明が始まった時期は一致しています。


アフリカから移動した人達がアラビア半島の両側に移住したのなら、文明を作った初期の人種は黒人又は黒人が変化した人種ではないかと想像できます。

アフリカの洞窟壁画から、文明以前のアフリカでは牛など家畜の飼育が行われていたのが判明しています。

例えば8000から5000年前のワディ・イムファ壁画には牛の搾乳と思われるものが描かれています。


洞窟壁画そのものはヨーロッパ地域で、3万年前や2万年前と考えられるものが発見されています。

面白い事に白人つまり欧州人の肌の色は最初黒かったと推測されていて、完全に白が定着したのは最近の事だとされています。

文明が誕生した5000年前くらいには欧州の大半とアフリカ、中東まで黒人が多く、白人は北方の一部地域に多かった。


現在のインドやトルコには既にアラブ・インド系アジア人が住んでいて、メソポタミア文明は黒人世界とアジア世界が交わる場所でした。

メソポタミア文明は現在のシリア周辺で栄え、地中海を渡るとヨーロッパ世界とも交差する場所にあった。

アフリカ・アジア・欧州の3つの世界の異なる人種が交流し、衝突や共存する中で最初の文明が生まれたと考えられます。

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