東大左翼が真っ先に消すべきだと批判したのは『愛国心』『軍国主義』を説いた吉田松陰
草莽崛起そうもうくっきの会とは?011
引用:http://info-watch.net/wp-content/uploads/2015/12/%E8%8D%89%E8%8E%BD%E5%B4%9B%E8%B5%B7%E3%81%9D%E3%81%86%E3%82%82%E3%81%86%E3%81%8F%E3%81%A3%E3%81%8D%E3%81%AE%E4%BC%9A%E3%81%A8%E3%81%AF%EF%BC%9F011.jpg



教育を利用した洗脳

次期学習指導要領に東京大学の教授らで構成される高大連携歴史教育研究会が、「従軍慰安婦」「南京事件」記載を要求しているのが分かった。

最初この団体は増えすぎた人名などを整理して、暗記偏重の教育を改めると、もっともらしい事を言っていました。

だが後から出してきた要望書には「従軍慰安婦」と「南京事件」を歴史上の事実として記載する事を要望していました。
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研究会の中心となっているのは東京大学の油井大三郎名誉教授など東京大学の教授で、東大が主導している。

東大教授らは「歴史上の事実が重要」で、「歴史にロマンは不要」「有名であっても歴史上の役割が小さい」として不要な人物を列挙していた。

不要とされた人物はなぜ「右翼」や「愛国者」だけに偏っていて、左翼的な人物で削除される人は居ない。


坂本龍馬、上杉謙信、武田信玄、聖徳太子、吉田松陰など現在生きていれば「極右」にあたる思想の持ち主だけを「削除するべきだ」としている。

坂本龍馬は武器を調達して長州藩に売っていた軍国主義者だし、聖徳太子は隋の皇帝に宣戦布告に等しい文書を送りつけたので知られている。

上杉謙信は戦争をしていなかった期間がほとんど無いほど戦争に明け暮れ、武田信玄は侵略戦争で領土を拡大したので知られている。

吉田松陰は「征韓論」の創始者として知られ、明治の日本軍人山県有朋や伊藤博文総理大臣の恩師でもある。

東京大学の左翼教授らは、どの人物を消すかを選別する過程で、自分たちの思想に都合が悪い人物だけを消し、都合の良い人物は残す事にした。

そして東大教授らが本当に目指していたのは、暗記教育の是正なんかではなく「従軍慰安婦」と「南京事件」を生徒らに強制的に教育する事だと分かった。

東大教授らのやり方は狡猾で、まず「暗記教育は良くない」と当たり前の事を言い、次に「有名だが重要ではない」と左翼に不都合な歴史上の人物だけを列挙した。

左翼マスコミは大喜びでこれを取り上げ、「聖徳太子なんか存在しない」「坂本龍馬なんか消すべきだ」と賛成した。



東京大学の消せない犯罪

東京大学は日本の最高学府として創設されたが、今では「犯罪者養成所」といわれるほど、逮捕者や左翼活動家を輩出している。

その契機になったのは1945年の敗戦で、それまで日本軍に協力していた東大教授らは、別の勝ち馬に乗り換える事にした。

1945年までは日本軍の戦争遂行に協力したが、戦争に負けたので「勝ち馬」が替わり、今度は米軍とGHQに協力する事にした。


これを端的に示す証拠が憲法改正問題であり、安倍首相ではなくダグラスマッカーサーが、「これを使え」と言って『日本国憲法』を強制してきた。

マッカーサーが使えと要求したのはGHQのアルバイト職員が1週間で書いた稚拙なもので、「軍隊を無くせば世界は平和になる」と寝言のような事が書いてあった。

その時大日本帝国議会は現行憲法を基礎として、国連の要求に沿うような新憲法を用意していたが、サーマッカーは独断でこれを拒否した。


民主主義は議会が国民を代表するものであるのに、議会が示した憲法を軍人が拒否し、「これを使え」と軍人が憲法を押し付けた。

それだけでなくマッカーサーは「私が示した憲法を議会が可決しないのなら、もう一度東京を空襲する」と言って議会を脅迫しました。

またマッカーサーは東京裁判を悪用して、GHQに逆らう者を戦犯容疑で次々に逮捕し、議会を服従させました。


マッカーサーは東大法学部最高権威の宮澤俊義に「賛成しないなら戦犯として処刑する」と脅し賛成させた。
以降東京大学は新憲法の違法性隠蔽にまい進した。
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引用:http://www.yomiuri.co.jp/photo/20170428/20170428-OYT8I50004-L.jpg



マッカーサーの戦争犯罪に加担した東大教授

さらにマッカーサーが行ったのが東京大学の支配で、日本の最高学府を屈服させる事で、道徳的に日本を支配しようとしました。

マッカーサーが特に重視したのは「天皇を犯罪者と定義しろ」と強硬に主張した事で、議会とGHQの対立もこの1点だったと言われている。

事は天皇個人の問題ではなく、キリスト教の聖書に「キリストは犯罪者」と書くか書かないか、それほど重大な意味を持っていました。


紛糾の末に新憲法では「天皇は象徴」になり犯罪者などと書かれる事は無かったが、軍人が憲法を押し付けたという問題が残っていた。

当時帝国大学(東大)法学部の最高権威は宮澤俊義教授で、最初は「新憲法は違法である」という立場をとっていた。

しかしGHQは宮澤俊義教授を呼び出し、「戦犯として逮捕されたいか」と尋問し、教授は新憲法賛成に転じたと言われている。


宮澤俊義教授が中心になって「憲法学」を創設したが、これは世界で日本にしか存在しない学問で、新憲法の違法性を隠すためだけの学問です。

違法な憲法を合法に摩り替えて、その犯罪行為を隠すために「憲法学」を創設し、今も法律の権威として君臨しています。

これが日本の最高学府である東京大学の、情けない実態です。

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