天皇の「おことば」は日本の戦争犯罪を認め、外国の日本批判の根拠にされてしまっている。
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引用:http://blog-imgs-79.fc2.com/2/0/0/2002mar/888dd1f4121eaa4ec16c3ea27b40ef7e.jpg



平成の悪夢

平成は31年3月末日で終わり、現天皇は退位するのが決まったが、紆余曲折やさまざまな経緯があった。

退位を望んだのは天皇自身で、政府は最初「生前の退位など認めない」という立場だったが、最後は天皇の希望が通った。

議論の中で「天皇の公務を減らして高齢でも務まるようにしよう」という意見があったが、これに天皇自身が猛反対したと言われている。

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有識者として選ばれたある保守系有名言論人は「天皇は祈るだけで、何もしなくて良い」と発言し、天皇は激怒したとも言われている。

「自分の生き方を全否定する内容」に強い不満を感じたと、宮内庁関係者を通じて表明している。

現天皇は昭和天皇の後を受け継ぎ、象徴天皇として公務に全身全霊を捧げてきたという自負を持っている。


だが時として天皇自身の強い思いが空回りしたり、国の利害と食い違う事もあり、「平成」の約30年間を通じて矛盾が拡大した。

天皇が終戦の日や新年や、折に触れて表明する「おことば」は、度々日本政府の立場を潰してきた。

最近の例では平成27年8月14日の戦後70年談話、いわゆる『安倍談話』と翌日に天皇が表明した「おことば」の矛盾が挙げられる。



謝罪は公務ではない

平成27年8月14日の安倍談話では「村山談話」「河野談話」のような中国や韓国への直接の謝罪や、侵略戦争で日本批判の文言を盛り込まなかった。

「植民地支配から永遠に決別」「すべての民族の自決の権利が尊重される世界にしなければならない」「繰り返し痛切な反省と心からのおわび」などの言葉はあった。


戦後60年の「村山談話」は文章の大半が日本の侵略非難と、中国韓国への謝罪だったので、大きく転換したと言える。

もっとも村山談話より前の時代は、「戦後XX年」は戦争で被害に遭った「日本人を追悼する」日だったので、元に戻ってはいない。

村山総理は戦争被害に遭った日本人には一言も触れずに、ひたすら日本人を罵倒し、批判する談話を読み上げていました。


こういう経緯があって安倍談話が発表された翌日、平成27年8月15日に日本武道館における全国戦没者追悼式で、天皇の「おことば」が発表された。

「さきの大戦に対する深い反省と共に,今後,戦争の惨禍が再び繰り返されぬことを切に願い,全国民と共に,戦陣に散り戦禍に倒れた人々に対し,心からなる追悼の意を表し,世界の平和と我が国の一層の発展を祈ります。」という一節が含まれていました。

言葉は丁寧だが「日本が戦争を起こしたのを反省しなさい」「日本さえ存在しなければ戦争は起きなかった」という村山首相談話と同じような事です。


いつもこうであり日本の政治家や首相、要人が過去を反省する必要はないと言った後で、天皇が「いや日本人は永遠に謝罪しなさい」と否定してしまう。

終戦の日のたびにこうしたパターンが繰り返され、日本人は天皇によって恥をかかされるのが、毎年恒例になっている。

いくら真実を明らかにしても、翌日には天皇が「日本人は反省しなさい」などと言うので全てが水泡に帰してしまう。


昭和天皇は慎重に言葉を選んだが、現天皇は口が軽い
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引用:http://gazou.gundari.info/images-2ch-201401/20140702003201.jpg



日本国民を踏みつける天皇の「おことば」

「南京事件」は中華民国軍(台湾軍)が起こした事件であり、日本軍は南京市民を救済したのだが、「天皇は罪を認めて謝罪しているじゃないか」と反論されてしまう。

従軍慰安婦も親が金目当てで売り飛ばしたのだが、これも「天皇が戦争犯罪を認めて毎年謝罪している」のが動かぬ証拠にされてしまう。

現天皇の「おことば」は日本国民に迷惑でしょうがないので、少し黙っていて欲しい。


先代の昭和天皇はこうした言葉を決して使わず、慎重に言葉を選び、利用されないようにしていました。

平成になってから天皇が謝罪や反省を連発し始めたのを見れば、天皇自身の希望によって、こうした文言を加えていると推測できる。

現天皇の「謝罪好き」がはっきりと現れたのは平成4年つまり1992年10月の訪中で、日本中がどうして中国なんかに行くのかと驚いた。


中国は天安門事件で数千人の学生を装甲車で踏みつけて経済制裁されていて、しかも有りもしない南京事件を創作して対日批判を繰り返していた。

当時は官僚や河野洋平ら親中派の仕業と推測されていたが、今考えれば天皇は訪中を断る事もできた。

実際何度要請されても韓国訪問は断っているし、ロシアなど「行きたくない国」には頑として行かない。


また1998年(平成10年)には中国の江沢民主席を晩餐会に招き、軍服を着ていたので大騒動に発展した。

江沢民は晩餐会で日本の軍国主義を批判していたが、これも晩餐会など理由をつけて断っても良かった。

実際フィリピンのドゥテルテ大統領が来日したときは、理由をつけて(三笠宮殿下逝去)回避していて、別に強制ではない。


現天皇は実は中国好きで、習近平がお気に入りで2009年に皇居で謁見した時は話が弾んだという。

現天皇は昭和天皇に比べると、口が軽く責任感も希薄だと言わざるを得ない。

そして毎年毎年天皇が日本批判の「おことば」を言うために、国民は毎年恥をかかされている。


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