共産党はチベット元首を勝手に任命して「要請された」ことにして解放した
Bundesarchiv_Bild_135-S-12-01-24,_Tibetexpedition,_Pilger
引用:https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/c/cb/Bundesarchiv_Bild_135-S-12-01-24%2C_Tibetexpedition%2C_Pilger.jpg



チベット侵攻

中国共産軍は1948年にチベット国に侵攻し、中華人民共和国の一部であると宣言しました。

1949年に中華人民共和国が建国し、1970年代にソ連だけでなく西側諸国が次々に共産中国を承認した。

1971年に米ソのパワーゲームによって中国が常任理事国になり、すべての国連加盟国が中国のチベット所有を認めた。
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チベットは全世界から捨てられ、最初から存在しなかったことになっているが、中国人がどのような手口で他人の土地を奪うかを振り返ってみる。

これから沖縄や石垣島は中国の一部になるかも知れず、一部の琉球人はそうなるのを望んでいる。

共産中国はチベットは侵略ではなく「解放」したのだと今も主張しているので、沖縄を侵略した中国軍も「解放」したのだと言うでしょう。


侵略前のチベットは1720年代に清国軍の侵略を受け、東部チベットは清の統治下にあり、1800年代には中国化が進んでいた。

1911年に辛亥革命で清が滅んで中華民国が成立したが、チベット政府は反抗を開始し東部チベットを奪還した。

チベットと中華民国は国境をめぐって争う状況が1930年代まで続いていた。


1937年に日中戦争が勃発すると中華民国軍は敗走を続け、日本軍と戦わない戦略を取った共産軍が勢力を増した。

日本は第二次大戦の敗者になったが、毛沢東は日本軍と協力して巧みに民国軍を追い詰め、ついに1949年に中国全土を統一した。

共産軍がチベット東部に侵攻したのは中共内戦もほぼ決着がついた1948年で、翌1949年から本格侵攻を始めた。



第二次大戦を利して共産軍が奪取

共産軍は中国の占領地域で生まれたパンチェン・ラマ10世を即位させ、チベットの国家元首に仕立てた。

ついでパンチェン・ラマ10世の要請により、中国人民解放軍はチベットを解放すると1950年1月1日にラジオ放送を行った。

パンチェン・ラマ10世こそ正式な元首であり、現在のチベット政府は反乱軍に過ぎないとしていた。


これも現在の沖縄に置き換えると、アホ知事を琉球王かなにかに仕立て上げて、人民を解放すると称して占領するでしょう。

本格侵攻は1950年10月から行われ、わずか2週間で首都ラサを占領した。

チベット側は正規軍と義勇軍を合わせても1万人以下、中国側は3万人以上で、装備や戦力にはもっと差があった。


チベット政府は最後まで共産党軍が首都まで侵攻すると考えておらず、助けてくれそうなインドや欧米にも支援を求めなかった。

国土全てが共産軍に占領されてからやっと共産党の意図に気づき、国連などで訴えたが後の祭りだった。

チベット政府は国民党政府と同じくらい腐敗し、無能で役立たずだった。


一度共産軍に占領されてしまえば全てが手遅れで、中国は「自国の領土」と言い張り、外国人を遠ざけてチベット人を弾圧した。

写真や映像で「解放軍を大歓迎するチベット人」のような証拠を創作したり、「わたしは中国人です」と主張するチベット人を宣伝に利用した。

こうしている間にチベット人300万人以上が命をうしない、中国人を入植させて中国化を進めた。


そしてこの手口は中国人がウイグルやモンゴル、台湾で行ったのと同じで、次に狙っている「獲物」が琉球です。

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