帰化外国人を含めると、現在は300万人超
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日本における外国人に関する実態と将来像https://synodos.jp/wp/wp-content/uploads/2017/08/03.png



外国人人口は約300万人

総務省の4月13日発表統計によると、2017年の滞在外国人数が14万7千人増加し、過去最多になったのがわかりました。

国内の外国人人口は205万8千人で、1年間で約249万人が出国し、約264万人が入国しました。

これには2000万人以上の観光客や短期滞在者、特別永住者は含まれていないようです。

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外国人人口が200万人を突破したのは史上初で、増加が始まったのは2012年から、景気回復とアベノミクスが始まった年でした。

総人口に占める割合は1.6%で、「日本人」の人口は37万7千人減、外国人を含む人口は22万7千人減だった。

外国人が増えなかった場合と比べて人口減少が15万人、約4割も緩和されたことになります。


法務省の統計では2017年末時点の在留外国人数が256万1848人で、うち永住者が72万7111人だった。

在留外国人は96年の134万人から20年で100万人増の1.77倍だが、、永住者は7万2000人から10倍になったとされている。

96年に「特別永住者」つまり在日の人は30万人居たはずなので、この統計からは除外されているようです。



現代の渡来人たち

法務省によると2017年6月時点の特別永住者数は約33万人、中長期在留者数は約214万人、合計で約247万だった。

「滞在者」「中長期在留者」「登録外国人」「特別永住者」など集計の対象をコロコロ変えているが、合計すると約300万人程度だと分かります。

日本の人口1億2670万6千人のうち約2.4%を外国人が占めていることになります。


300万人の居住地は偏っていて、東京や大阪など大都市に多く、東北などでは人口比率が少ない。

この傾向は移民受け入れに積極的な欧米ではもっと顕著で、既に全EU加盟国の首都で、外国からの移民と子孫が過半数を占めている。

パリ市民といっても住人の5割以上は中東や東欧やアジア出身者が占めています。


これほど移民が多かった時代はかつて合ったかというと、日本の縄文時代から弥生時代にはもっと多くの移民が流入してきた。

縄文時代後期の約4000年前に日本列島の人口は26万人超だったが、縄文末期の3000年前には約8万人まで減少した。

しかも東日本では減少率が少なかったが、西日本は最初から10分の1の人口密度のうえに、壊滅的な減少に見舞われた。



弥生時代の大量移民

人口減少の原因は気候変動で、縄文時代をもたらした温暖化は日本海の水位を120mも上昇させるほど暖かかった。

4000年前から寒冷化が進み、木の実や魚介類や動物が少なくなり、自然減少しました。

自然採集では食えないので大陸では先に農業が始まり、後から農業を始める集団は「農業未開の地」を求めて半島や列島に移住したと考えられます。


この頃から九州に移住して田んぼを作り始めたのが半島南部から来た「渡来人」で、渡来は1千年以上続いたとされている。

推測では年平均1000人ほどの渡来が1000年間つづき、合計では100万人もの人が移住してきた。

縄文末期に西日本の人口はせいぜい2万人で、九州では1万人未満、渡来地の九州北部は数百人しか居住していなかったと考えられる。


人口数百人の地域に毎年1000人もの渡来人が渡ってきて、九州の縄文人と交わり「弥生人」に変化した。

縄文末期の1000年間で26万人から8万人に減った人口は、その後の1000年間で60万人まで増加しました。

これが弥生時代をもたらし、邪馬台国やヤマト政権に発展したと考えられている。

縄文末期にくらべると現代の人口減少はまだ少ないし、「渡来人」もまだまだ少ないとは言える。

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