2015年7月末に難民と記念撮影し「無制限の受け入れ」を発表したのが没落の始まり
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引用:http://si.wsj.net/public/resources/images/BN-KF779_euroma_J_20150910090338.jpg



メルケル与党の連戦連敗

ドイツのメルケル首相は10月29日、キリスト教民主同盟(CDU)の党首に立候補しないと表明しました。

キリスト教民主同盟(CDU)の党大会が12月にあり、そこで新党首が選ばれることになる。

10月28日にドイツ中部ヘッセン州議会選があり、第一党は確保したが大幅に議席を減らし、連立相手の社会民主党(SPD)も大敗した。

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10月14日に行われたバイエルン州議会選でも与党は大敗していて、地元の中道右派・キリスト教社会同盟(CSU)が大幅に議席を減らした。

2つの地方選挙ともに与党側の得票は前回より3分の1程度減少し、かろうじて第一党に留まっている。

この連敗が始まったのは2017年9月24日のドイツ総選挙で、大幅に議席を減らし連立政権は崩壊しました。


連立相手の社会民主党(SPD)が大敗を受けて政権離脱を表明し、以降新メルケル政権は組閣できず時間だけが経過しました。

2017年10月15日に実施されたザクセン州議会選挙でも与党側は大敗し、以降地方選挙で連敗を続けています。

新連立政権が発足したのは総選挙から半年後の2018年3月で、結局最初の連立相手のSPDとよりを戻した。


新政権発足で立ち直るかに見えたがその後の地方選挙も連敗が続き、ついに党首辞任を発表しました。



始まりはツイッターの写真だった

メルケル政権崩壊の始まりは2015年7月で、中東から欧州に難民が押し寄せて大問題になっていた。

7月末にメルケル首相は「ドイツは何人でも無制限に難民を受け入れる」と発言し、300万人もの難民がドイツに入国した。

その後ドイツは他のEU加盟国に難民を押し付けたが、結局150万人がドイツに留まったと推測されている。


難民に関係した事件が多発したりドイツ人の間で不満が高まり、過半数が「難民受け入れは失敗だった」と考えている。

与党が連敗を始めたのはこの後で、2017年の総選挙では難民反対の右派が94議席も獲得した。

メルケルはキリスト教民主同盟(CDU)の党首を辞任するのだが、もはや政治的指導力を失うと考えられます。


メルケルが首相を務めた2005年からの13年間ドイツはずっと好景気を謳歌したが、それがメルケルの功績だったのかは分からない。

度々称賛されているドイツの財政黒字だが、IMFによると「借金のつけかえ」にすぎず、政府の借金は少ないが「政府系債務」全体は日本より多いと指摘されている。

メルケルが強く打ち出した自然エネルギーや原発廃止は、電気料金高騰など弊害が目立ち修正されている。


自然エネルギーは当初エネルギーの100%が目標だったが60%になり、さらに目標を下げるでしょう。

原発廃止に至ってはそのような計画はなく、「新たな原発建設を一定期間行わない」のを日本のマスコミが勝手に「原発廃止」と報道した。

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