このような鏡を10枚も使って光を卑弥呼に集めたら、神そのものに見えたでしょう
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画像引用:https://i.ytimg.com/vi/_jQkRKwQlZ8/maxresdefault.jpg



青銅器は何に使われたのか

弥生時代から古墳時代にかけての古代日本には謎が多いが、出土する金属製品の意味も良く分かっていません。

特に多く出土してるのは「鏡」「剣」「銅鐸」の3つだが、どれも正確な意味は分かっていません。

このうち剣は一見すると戦いのためのようだが、当時の青銅剣は柔らかくて切れ味も悪いので使い物になりませんでした。

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まず一回切りつけると折れるか曲がるかするようなものなので、大金を払って買うような価値はなかったのです。

買うと言えば「鏡」「剣」「銅鐸」のような青銅器は、大陸から運んだか、原料を運んで国内製造したとみられています。

いずれにしても大陸から運んだのですが、周や漢の王がタダで高価な青銅をくれるはずがありません。


日本側が交換品として差し出したのはおそらく水銀の原料となる辰砂で、当時同じ重さの金よりも高価でした。

水銀は塗料や染め物の他、口紅や医薬品などに使われた万能原料で、秦の始皇帝が求めた「不老不死の薬」も水銀の薬だったとされています。

辰砂は大陸でも取れたが需要が非常に大きかったので、日本の瀬戸内海周辺から紀伊半島から大量に輸出されました。


邪馬台国や初期のヤマト政権はこの辰砂を大陸に輸出して、交換品として青銅や鉄や進んだ知識を手に入れていました。

辰砂の最大の産地だった奈良県に藤原京や飛鳥京が建設され日本の中心地になったのも、辰砂よって得た富と無関係ではなかったでしょう。

さてこうして手に入れた「鏡」「剣」「銅鐸」ですが、実用的にはほぼ何の価値もないものでした。



鏡は古代のスポットライト?

すでに書いたように青銅剣は一度叩いたらへし折れるので戦いに使えず、実戦では石斧か石槍を使用していた筈です。

銅鐸は叩いて音を出して農作業の合図にしていたようですが、音を出す道具なら他にも手軽な方法はあったでしょう。

3つの中で最も意味不明なのは銅鏡で、大陸では日本ほど鏡に執着せず、一か所で大量に出土しては居ません。


3つの青銅器ともに本当の役割は権力者の権威をより高める事や、宗教的な価値に基づいていたでしょう。

金属というそれまでになかった素材で作ったものを神器とすることで、天皇や神官や権力者の権威はより高まった筈です。

実際にモノを切ることは出来なくても、青銅剣を持つことで神武天皇や卑弥呼には神秘的な力があるように見えた事でしょう。


銅鐸を叩くことで発する音色は現在の人が寺の鐘を聞くように、「神の音」のように聞こえたでしょう。

銅鏡は教科書に載っているのは実は裏側で、つるつるで何もない方が表なので、新品時には人の顔を写したはずです。

水面より鮮明に人の姿を写せる鏡は、鏡の奥が別な世界に通じているような神秘性を感じさせたはずです。


さらに鏡は太陽の光を反射させ一か所に集める事で、スポットライトのような効果を得る事ができる。

数十枚もの鏡を使って天皇や神官を明るく照らしたら、それを見た人々はこの世の物ではないように感じたでしょう。

このように青銅器は現実的な道具としてではなく、神秘性を高めるような演出に使用された可能性が高い。

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