遊園地で写真を撮る人々
「座る」行為は服に放射性物質が付着するので禁止されている
11-chernobyl
画像引用:https://d.newsweek.com/en/full/1414395/11-chernobyl.jpg?w=737&f=273df85981e1369cae08be7c6a613ece



チェルノブイリの廃墟ツアーが人気

ウクライナのチェルノブイリ原発、正確には元原発だが現在は年間10万人以上が訪れる観光地になっている。

1986年に事故を起こしてから閉鎖されていたが、ジャーナリストや科学者、写真家らが少数ながら訪問していました。

そうした写真などは秘境写真として人気を得るので、肝試し的な訪問者が増え始めた。

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チェルノブイリを訪問したジャーナリストや写真家に健康被害はなさそうだったので、一般の観光客も訪問するようになった。

ウクライナは2014年に内戦が起き、親ロ政権から親米政権に代わり、資金難に苦しんでいた。

チェルノブイリは外国人を呼べる貴重な観光資源として、経済復興に貢献することになった。


立入禁止区域に入るには現地ガイドが必要で、ガイガーカウンターをレンタルし、出るときは被曝量を測定しなくてはならない。

不便な場所なのでホテルに滞在して準備してくる必要があり、観光客はけっこうなお金を使う。


帰りにチェルノブイリTシャツなど、ここでしか売っていない記念品を買って帰る。

観光客の行動はウクライナ軍がチェックしており、軍に守られて安全に旅行する。

旧チェルノブイリ市は全体が廃墟になっていて、最も人気なのは市内で唯一の遊園地跡です。


観覧車が解体されずに当時の姿を保っていて、最もインスタ映えするスポットとして知られている。

だがそもそもチェルノブイリはどうして廃墟になったのでしょうか?



1986年のチェルノブイリ

1980年代のソ連は傾きつつあったが、決定打になったのがチェルノブイリ原発事故でした。

ソ連は1979年に軍事的空白地帯だったアフガニスタンへ侵攻し、共産圏拡大を図ったが10年間戦って敗戦した。

ソ連の疲労が目立ってきた1986年の4月26日、なんの前触れもなく世界最大級の原発が核爆発を起こした。


よく比較される福島第一原発は水素ガスが爆発しただけで、漏れたのは建屋内のガスだけでした。

チェルノブイリは核爆発によって核燃料が大気中に飛散し、福島の100倍以上の放射性物質が拡散しました。

チェルノブイリの死者は現在も不明で、1000人から100万人の間と推定されています。


被ばくによって直接死亡した人はおそらく1000人ほどで、汚染された農作物などを食べた死者は不明です。

やはり比較すると福島原発事故では、被曝による死者は0人、原発作業や避難による孤独死などを含めると100人以上かも知れません。

チェルノブイリの問題は核爆発によって原子炉が吹き飛び、周囲に大量の核物質が降り注いだ事でした。


このため今も原発周辺は高濃度汚染の状況にあり、ガスが漏れただけの福島原発とは比較にならない。

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