突入前日頃の天安門広場、1000人以上の学生が残っていたが当日広場から出た人は居ない
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引用:http://i.huffpost.com/gen/1833616/original.jpg



1989年天安門事件に似た展開

2019年に発生した香港民主化デモは収束せず、中国政府はついに人民解放軍を本土から香港に移動させた。

これがいかに重大な事態かは、イギリスと中国が交わした香港返還条約に違反していることで分かる。

1984年9月26日にサッチャー首相と趙紫陽が交わした合意書では、50年間香港は独立自治を保障されている。

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サッチャーが香港を返還してしまったのは鄧小平に「解放軍を突入させるぞ」と恫喝され、「ごめんなさい返還します」と言ってしまったからでした。

1人のアホのせいで香港人は共産党に「返還」されてしまい、自由や民主主義や個人資産を失うことになってしまいました。

1997年7月1日の返還後、中国は徐々に香港に干渉し、中國政府の承認がなければ議会にも立候補できなくなった。


香港の選挙では現在、中国支配を熱烈歓迎するか、しぶしぶ受け入れるか、投票しないかの3つの選択肢しかない。

香港の自由は年々なくなっていて、例えば香港で共産党や習近平の批判本を出版した書店関係者5人が、2015年に「香港で」失踪した。

5人は2017年に中国に居るのが分かり、釈放されたが1人は再び共産党批判をしたため再逮捕され現在も消息不明です。


このポイントは全員が香港で何者かに拉致され、2年後に中国に居るのが分かった点で、香港から中国警察か治安部隊がさらった事になる。

2017年には香港のホテルから著名資産家が拉致され、中国警察が本土に連行したと噂されるが現在も失踪したままです。

中国政府は香港との返還条約に違反して香港で警察や公安活動をしているが、表向きは否定した。


19年7月24日、返還条約に違反し香港に侵入した人民解放軍
タイトルなしfr
画像引用:アジア新聞社https://twitter.com/AsiaShinbunsya/status/1153940253477969920


歴史は繰り返されるか

2014年には香港で反政府デモ、通称雨傘運動が数十万人のデモ市民を集め、中國政府は軍の投入を検討したと言われている。

この時「中国の公安が香港で活動していた」という証言が多かったが、やはり公式には活動していない事にしていた。

2019年の香港デモは香港の犯罪者を本土に引き渡す「逃亡犯条例」が2月13日に提出されたのに始まる。


今まで香港内で逮捕されても香港の司法手続きが行われるので、最低限の人権は保障されていた。

だが中国には事実上司法制度が存在せず、警察や公安は逮捕状なしに逮捕し、逮捕した事実も公表しなくて良い。

裁判をする、しないも警察や公安が決めていて、国民や残された家族には一切情報公開しない。


例えばある日息子が行方不明になり、30年後に警察に逮捕され拘留されているのが分かった人も居る。

有名な天安門事件の戦車男がそれで、戦車の前に建って兵士を説得しようとしてそのまま行方不明になっていた。

香港の犯罪者が中国に引き渡されたら、この世から消えるのと同じであり、人権も情報公開も一切なくなる。


7月24日に中国政府は「香港から要請」があれば人民解放軍投入が可能だと発表し、ネット上ではその日のうちに解放軍が香港に侵入した動画が公開されている。

すでに「香港が中国に軍出動を要請した」ことになり、事態は急展開している。

中国軍は2008年のチベット騒乱でチベット人数万人、2009年ウイグル騒乱でも数万人の犠牲者を出している。


1989年の天安門事件では最低でも広場にいた3000人がなくなり、その後拘束された人たち数万人がなくなったと見られている。

香港はこれらと違い全世界が注目しているが、中国共産党が暴挙に出ないとも限らない。

(その後中国軍は香港に侵入していないという情報が出たが、このまま掲載します)


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