過去2回のロシア革命は、いずれも軍が市民側に寝返った
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モスクワの反プーチンデモ

ロシアでは9月8日のモスクワ市議会選挙を巡って反政府デモが頻発しています。

モスクワ市議会選挙は定数定数45で表向き民主的に行われるが、実際にはプーチンに反対する野党候補は立候補できない。

多くの反プーチン政治家が政界を追われたり逮捕されたり、国外に逃亡したが謎の最後を遂げた人もいる。

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そのような目に遭わなくても選挙管理委員会は些細な手続きの不備で候補者資格を取り上げるので、立候補できない。

これは中国や北朝鮮やソ連の選挙制度と同じで、こうした国の選挙では政府が認めた人に投票する事しかできない。

290人が立候補を届け出たが57人が受理されず、立候補を拒否された。


モスクワでは毎週のように民主化デモが行われるようになり、毎週数百人から1000人以上が拘束されている。

7月27日のデモでは1歳の子供と一緒に行進した夫婦が居たが、両親を逮捕して親権をはく奪する手続きを取っている。

ロシアでデモを行うには政府の許可が必要だが、プーチンや政府を批判するデモは許可されない。


モスクワ警察は7月中旬以降2000人以上を拘束したと発表しているが、実際はその数倍に達する可能性がある。

拘束された人の多くは短期間で釈放されるが、起訴されると2年から8年の刑に処せられる。

反体制活動家らは、今後ロシア全土でデモを行い政府に抗議していくと発表した。



ロシアがデモを恐れる理由はロシア革命

プーチンとロシアがこのようにデモを弾圧するのは恐れているからで、ロシア革命もソ連崩壊もデモから始まりました。

1917年2月23日、首都ペトログラードで国際婦人デーの女性労働者デモが行われ、最初は女性たちが歩いているだけだった。

だが男性労働者や政府に不満を持つ活動家らも加わって市内全域で暴動が起き、兵士が寝返って革命が起きた。


革命で成立したソビエト連邦は、69年後の1991年12月25日に崩壊したが、始まりはソ連邦各国やモスクワでのデモだった。

民主化を進めるゴルバチョフに反対する軍人らが、1991年8月19日にクーデターを起こした。

クーデター軍に市民はデモで対抗し、兵士らの前に立ちふさがり、市民側に就くかクーデター軍に味方するか迫った。


行進する戦車部隊の前に市民らが立ちふさがるなどし、天安門事件の中国軍とは違って兵士は説得に応じてクーデターは失敗した。

クーデターをきっかけにゴルバチョフはソ連解体を宣言し、民主国家としての新ロシアが誕生した。

ところが歴史は三度繰り返され、今度はプーチンが独裁者となり市民は反プーチンデモを繰り返している。


過去2回はいずれも軍が市民側に寝返って政府が倒れたが、今のところロシア軍はプーチンに従っている。

だが市民に多数の犠牲者が出るようなことがあれば、またロシア軍がプーチンを裏切る事も考えられる。


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