4000年前のメソポタミアには太陽神や旭日信仰が存在した
bceff9a4
引用:http://livedoor.blogimg.jp/aqacompass/imgs/b/c/bceff9a4.jpg



旭日旗は国旗である

主に韓国の排斥運動によって旭日や旭日旗に関心を持つ人が増え、その由来を知りたい人も居ると思います。

狭義の旭日旗は1870年に陸軍御国旗(軍旗)として採用され、1889年に海軍軍艦旗としても採用された。

同時に日章旗(日の丸)も商船規則の「御國旗」に指定され、日本船の目印に使用された。

スポンサー リンク

幕末の1955年頃から日章旗は幕府船の目印に使われていて、幕府が「御国総標」(国旗)に指定した事から日章旗が広まった。

だが日章旗が幕府軍の軍旗だったからか、明治になっても日章旗は法律上の国旗には指定されていない。

こうして明治以降の日本では日章旗と旭日旗の2種類の国旗が存在し、主に民間で日の丸、軍隊では旭日が使われた。


だが使い分けは決まっている訳ではなく、祭りの日や団体旅行では、縁起の良い旗として旭日旗を掲げていた。

戦後は徐々に日章旗の使用が多くなり、旭日旗の出番は減り、海上自衛隊などで見かける程度になった。

1999年の国旗国歌法で日章旗が初めて「国旗」と定められたが、同時に旭日旗も事実上の国旗として使用され続けている。


海上自衛隊の旭日旗は自衛隊法(昭和29年)により「自衛艦旗」して定義されている。

これが法令上の歴史だが、もともと旭日と日章は同じものであり、日章の周囲に伸びるように線を描いたものが旭日です。

この意匠は数百年前から日本に存在し、1000年以上前から日の丸が使われ、古くは卑弥呼の鏡なども太陽をかたどったものという説がある。

弥生時代に農耕が始まると、太陽信仰と自然崇拝、収穫祭などが始まり神道が形成されていった
mokuguu-saisi
画像引用:いろいろなまつり・儀礼の道具http://yasugawa-iseki.yayoiken.jp/images/mokuguu-saisi.gif



旭日信仰は古代メソポタミアで始まった

アマテラスで知られる太陽信仰は日本独自のものではなく、農業文化をもつ世界の文明に存在しました。

世界で最初の太陽信仰は世界初の文明であるメソポタミア文明で、約3800年前のハムラビ法典に太陽神の記述があります。

古代メソポタミアの国家アッシリア・バビロニアの神話には「太陽神シャマシュは、肩から光線を放ち現れる。」という一文があり、太陽神シャマシュは正義と戦争の神で、季節をつくるとされる。


メソポタミアに続いて隣のエジプトにも太陽神が登場し、頭上から光線が降り注ぐ壁画などが残されている。

メソポタミアとエジプトで太陽信仰が始まった理由は農業のはじまりで、季節や天候の観測が絶対不可欠だからでした。

太陽や星々を良く観察するほど季節や天候の法則性が分かり、より収穫量を増やすという実用的な信仰でした。


農業の広まりによってギリシャやインド、中国、インカやマヤなど全世界に太陽信仰が広まり、各地で太陽神を表す意匠が作られた。

日本に太陽信仰が渡ってきたのは、稲作が広まった弥生時代以降、西暦200年以降あたりでないかと考えられます。

卑弥呼の銅鏡など太陽神と関係がありそうな出土品も、この頃から増えていきます。


意匠としての旭日と同じ起源をもつのが、光背や光輪でキリストの後ろからピカーっと光って線が出ているようなあれです。

仏像が後ろに輪っかを背負ったり線が伸びているのも光を表していて、メソポタミアやエジプトから伝わったデザインです。

やがて世界は農耕社会ではなくなり、太陽信仰が廃れて近代宗教である一神教に変わったが、日本では太陽神を最高神とする神道に発展した。


このように旭日が描いている太陽神には4000年の歴史があり、日本では弥生時代から続いていたのです。

スポンサー リンク


スポンサー リンク