元号が代わると中国で異変が起きる?
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香港動乱で本土から中国軍を投入した理由

令和元年つまり2019年の現在、香港では民主化や中国からの離脱を求めるデモが拡大しています。

始まりは中国政府が香港に押し付けた逃亡犯条例で、香港警察が逮捕した人を中国本土に送還する法律でした。

中国には裁判制度がなく裁判をやったりやらなかったり、捜査過程や裁判過程も公表したりしなかったりします。

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日本では容疑者を逮捕したら公表されるが、中国では逮捕した事実を公表する法律はなく、裁判を開く義務もない。

例えば1989年天安門事件で戦車の前に立ちふさがった「戦車男」は30年近くたってから今も拘留されているのが分かった。

このように中国では逮捕や拘束された事実を家族に知らせないし、裁判も開かず秘密裏に処理します。


香港で逮捕された人が中国に送還されると中国式で秘密裏に処理され、行方不明になるのでしょう。

香港デモは最初歩いたりメッセージを掲げるだけだったが警官隊に襲撃されてから衝突するようになり暴徒化した。

イギリスと中国の間で交わされた香港返還条約では中国軍や中国警察、中国治安部隊は香港に入ってはならない事になっている。


だが中国は条約に違反して中国軍と治安部隊1万人程度を香港に駐留させ、デモ隊を襲撃させている。

中国では秦の始皇帝以来、反乱鎮圧に遠く離れた出身地の兵を使うのが伝統になっている。

地元出身の兵だと反乱に加勢するおそれがあるから、無関係な場所から引っ張ってきます。


もっとも中国兵や香港警察は武士ではなくヘルメットを被った公務員に過ぎないので、香港の民主化に共鳴して戦う人が居るとも考えにくい。



日本の元号が替わると中国で大乱が起きる?

一連の香港騒動で連想するのは1989年6月4日の天安門事件で、広場で民主化の座り込みをしていた学生約3000人がなくなりました。

天安門広場では前日まで和やかなムードで兵士と学生が交流したりしていたが、深夜に奇襲攻撃を掛けた。

広場の外では戦車が走り回り、天安門広場には治安部隊の装甲車が突入しました。


ところで天安門事件が発生したのは平成元年の出来事で、平成おじさんこと小渕官房長官が元号を発表した半年後でした。

この年の4月に消費税が3%で開始され、6月に天安門事件が発生し、12月までに東欧共産諸国が崩壊し、年末に日本はバブル崩壊しました。

全ての始まりは1989年(平成元年)1月7日の昭和天皇崩御と翌日の新天皇即位、そして平成の始まりでした。


奇しくも今年は令和元年で消費税が10%に増税され、香港では第二の天安門事件が発生する可能性があります。

歴史を紐解くと昭和元年(1926年)(実質6日しかなかったので翌年)に第一次国共内戦が開始され、第二次大戦を経て共産中国が誕生していました。

大正元年(1912年)には辛亥革命によって最後の王朝である清が崩壊し中華民国樹立という大事件がありました。


明治元年(1868年)には特に何も起きていないが、太平天国の乱などで清は地方を収められなくなり、西太后が実権握り清朝は末期に突入した。

日本の元号が替わると大陸で動乱が起きる連動が見られ、日本では必ず不況になっている。

平成の始まりは大陸で天安門事件、東欧諸国が崩壊し日本ではバブル崩壊と大変な年だった。


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