決められない政治はエリザベス女王にも表れている
このままでは息子のチャールズの方が早くなくなってしまう
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画像引用:https://movie.walkerplus.com/api/resizeimage/news/article/76676/432457?w=615



失敗してやり直した方がまし

日本は与野党が拮抗した80年代後半から90年代にかけて、決められない政治と呼ばれた。

自民党の議席がどんどん減り反対する野党の議席数と拮抗したため、国会で何も決められなくなった。

揉めそうな事は対立を避けてすべて後回しにした結果、デフレ不況に陥って30年後も回復していない。

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イギリスが今こんな状況になっていて、EU離脱を賛成派と反対派、中道派の勢力が拮抗して何も決められない。

離脱することは決まっているのだが、離脱を早めたい勢力と遅くしたい勢力、ちゃぶ台返しして離脱撤回を目指す勢力もある。

現在のジョンソン首相は離脱急進派で、メイ首相も離脱派だったがもっと早く離脱するべきだと言って支持を得て首相になった。


最初に離脱を決めたのはメイ首相の前のキャメロン首相だったが、意外なことにこの人は離脱反対派だった。

2016年6月23日にイギリスでEU離脱国民投票が実施されたが、この目的は「離脱派を黙らせるため」でした。

イギリスでEU離脱は一定の支持を得ていたものの、宇宙人やカルト宗教と同じで現実的ではなかった。


陰謀論やトンデモ理論を唱えるような連中が騒いでいるだけで、最初ほとんどの英国民は支持していなかった。

この状況を劇的に変えたのが2015年の難民騒動で、EU域内に1年で300万人もの難民が流入しました。

ドイツのメルケル首相は15年8月に「ドイツは何人でも無制限に難民を受け入れる」と発言しました。



難民をめぐる英独の戦い

メルケルはドイツだけでなく英仏やすべてのEU加盟国に「無制限に難民を受け入れなさい」と命令した。

この姿が欧州を占領したヒトラーを連想させ、東欧やイギリスで猛反発が起きました。

ドイツの小さな町に毎日10万人の難民が列車で輸送されていて、住民を追い出して難民に住居を与えたりした。


噂ではメルケルはこの時ノーベル平和賞の為に難民を受け入れたとされるが、結局ノーベル賞は受賞できなかった。

メルケルがノーベル賞を受賞できなかったのは難民による犯罪と反難民運動、それに対するナチス流の検閲を行ったからでした。

2015年12月31日にはケルン事件が発生し、ドイツ全土で数千人のドイツ女性が難民に暴行されたが、メルケルは「難民差別だ」としてあらゆる報道を禁止した。


ドイツはナチス同様の手口で反対派を抑え込み、フランスやイギリスにも難民の割り当てノルマを強要してきた。

イギリスのキャメロン首相は空気を読めない事にかけては一流で、よりによってこの時期にEU離脱国民投票実施を決めた。

離脱派は「EUにとどまったらイギリス女性もドイツ人のように難民に襲撃される」と騒いだが、半分は事実でした。



イギリス版決められない政治

イギリスでも難民差別を助長するとの批判から難民犯罪は報道規制されていて、難民差別に繋がるとして女性が被害届を出しても捜査しない傾向がある。

英EU離脱国民投票は51.89%の僅差で離脱が決まったが、ここから早いか遅いかで離脱派が内部闘争を始めました。

メイ首相がEUと合意した離脱交渉では数年間の猶予期間を置き、その間イギリスはEU加盟国としての権利を継続するものでした。


どちらかといえばイギリスに有利な内容で、イギリスは関税無しの権利を数年間継続しながら、離脱後の条件を各国と交渉できる。

それでは遅すぎる、今すぐ離脱しろといって首相になったのがジョンソン首相だが、合意は白紙に戻った。

メイ首相以上に有利な条件を獲得するのは困難で、猶予期間無しの絶縁だとイギリス側のダメージが大きい。


イギリスはEU離脱後も関税無しなどを希望しているが、それだとEUに加盟するメリットが薄れてしまう。

近年のイギリスは短期間で政権が交代するようになり、日本の90年代のようになっている。

女王の高齢(93歳)も決められない政治を助長している可能性がある。


本来なら息子のチャールズに王位を譲るべきだが、息子を信用していないのか自分が続けたいのか辞めようとしない。

こうしてイギリスは何も決められなくなり、時間だけが空しく過ぎている。

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