日韓併合によって農村の少年が早稲田に進学できるようになり、日本との貿易会社を設立した
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画像引用:http://img.hani.co.kr/imgdb/japan/news/resize/2015/0210/142357311147_20150210.jpg



日韓併合までの韓国の歴史

サムスン電子のサムスンは1938年創業で、意外というか当然というか創業者の李秉喆(以下ビョンチョル)は当時日本人だった。

ビョンチョルは1910年2月12日慶尚南道(釜山周辺)の大地主の次男として生まれ裕福な少年時代を過ごした。

日韓併合が1910年(明治43年)8月29日だったので大韓帝国末期で激動の時代だった。

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1895年に独裁者閔妃を日本軍がクーデターで排除し、1897年に大韓帝国が建国されたが1910年に取り潰しとなった。

1895年に日清戦争が起きているが、この戦争は朝鮮王高宗の妃だった閔妃が引き起こしたものだった。

高宗は政治に関心が薄い上に無能だったので閔妃一族が国を支配し、干渉を強める日本を排除しようとした。


1868年に明治維新が起き、先に近代化した日本に対し李氏朝鮮は大きく後れ、このままでは西洋列強の植民地になる恐れがあった。

李氏朝鮮は秀吉の時代には既に日本から大きく遅れていたから侵攻を招いたのだが、江戸末期にはさらに格差が開いていた。

明治初期になると日本は蒸気軍艦や発電所や機関車を導入し始めたのに、李氏朝鮮は路上で用を足していた。


当時朝鮮はアジアで最も貧しい国でアフリカ並みだったので、開国させて近代化する事にした。

朝鮮内部で清国との冊封体制を巡って対立が起き、1882年(明治15年)清国軍と日本軍が朝鮮に出兵した。

冊封体制を支持する事大党が清国軍を、開国を支持する開国派が日本軍を呼び寄せ、ここに日清戦争へ至る対立が始まった。



併合朝鮮とサムスン創業

この時高宗の妻である閔妃一族は、清と日本を戦わせて日本を追い払おうという戦略を立て清国側についた。

現在では日清戦争は日本が勝って当然という評価だが、戦前の予想では清国が勝つという下馬評でした。

日本と中国の国力が逆転するのは日中戦争の1930年代で、それまで1000年以上も中国のほうが強大だったからです。


1895年に清国を倒した日本は清に加担した閔妃を成敗し、1897年に大韓帝国が建国、だが日露戦争で同じ事が繰り返された。

1904年(明治37年)の日露戦争では韓国側は再びロシアと日本を戦わせて日本を追い払う戦略を立てたが、また日本が勝った。

ロシアに加担した大韓帝国を廃国とし、韓国併合した頃にビョンチョルが釜山近郊で生まれたのでした。


ビョンチョルにとって日韓併合こそ最大の幸運で、もし李氏朝鮮や大韓帝国が続いていたら農村で一生を終えたかもしれない。

日韓併合によって700万人以上の朝鮮人が突然「日本人」になり、日本に渡航したり世界とビジネスができるようになった。

富農の息子だったビョンチョルは今でいう小学校から高校を卒業し、日本の早稲田大学に進学した。


これで分かるのは韓国を併合した日本は富農から土地や資産を奪ったりせず、教育を受けさせて日本の大学進学も認めていたことです。

ビョンチョルは虚弱で病気がちだったうえ、父親が亡くなったので早稲田大学を中退して朝鮮に戻りました。

ビョンチョルは次男だったがかなりの遺産を相続し、友人2人と1万円ずつ出資し精米会社を設立したが失敗している。


おそらく早稲田時代のイ・ビョンチョル(右側と思われる)
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画像引用:http://www.ynamnews.co.kr/paper/data/news/images/2019/03/1_L_1559223729.jpg



日本軍から米軍、韓国軍とも親密な関係

当時の日本人年収が700円くらいだったので、換算すると1万円は約5000万円もの大金を失った事になります。

それだけ散在してもまだ再起業する資産があったあたり、さすが大地主の息子という感じです。

1938年に大邱で三星商会貿易会社を設立し、魚の干物や果物を満州や日本に輸出していたようです。


これもビョンチョルが日本の早稲田大学に通ったから貿易が出来た訳で、農村にとどまったらそんな発想すら出てこなかったでしょう。

中退とはいえ早稲田に通っていたビョンチョルは日本語ペラペラで知人も居て、度々日本に行っては貿易交渉などをしました。

経営学も日本で学び(朝鮮に企業はなかった)、1945年の敗戦までには朝鮮全土にトラックを走らせ海外貿易をするまでになっていた。


サムスンは日本時代に日本や日本軍と親密な関係を築いたが、米軍統治下では米軍とも親密になった。

韓国独立後は韓国軍や韓国政府と親密な関係を築いたが、こうしたことは現代グループなどとも通じている。

最近まで韓国最大の事業体は韓国軍であり、民需は小さかったので韓国政府や韓国軍から仕事を得るのが重要だった。


1997年に韓国は国家破産するが、ここでIT事業が韓国の主要産業と位置付けられ、韓国ナンバーワン企業にのし上がりました。

並び称された現代グループは兄弟の仲間割れで解体し既に存在しないが、サムスンは継承も成功した。

だが歴代大統領との親密な関係から孫である副社長が逮捕されるなど、衰退の兆しが見えている。


韓国では相続税が事実上無税(課税の例外が山のようにある)など財閥を優遇し、財閥が韓国を発展させてきた。

中でもサムスンは「韓国-サムスン=ゼロ」と呼ばれるほど韓国を代表する企業でした。

そのサムスンもそろそろ衰退の時期を迎えているようです。

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