大正時代は自由や民権運動が盛んで、共産主義や反日がカッコいいとされていた。
自由な時代は軍の反撃であっけなく終わった
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画像引用:https://buzzap.net/images/2016/06/24/modern-girls1920/top.jpg



言論はいつまでも自由ではない

日本では自国を攻撃する反日が罪にならないが、これは世界でも少数派で、多くの国では即刑務所にぶちこまれる。

70年代から90年代に北朝鮮の日本人拉致が行われたが、国内の協力者は一人も逮捕されていない。

不審船が上陸するにも事前に情報が無くては上陸地点も「標的」も決められないので、協力者がいたはずでした。

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当時も今も日本の法律では、北朝鮮の拉致に協力して情報提供しても、何ら罪に問われません。

北朝鮮を支持する人間が公然と「日本打倒」を掲げてデモ行進しても合法で、こういう国は日本以外に無い。

日本では日本を攻撃する「反日」が一種の遊び程度に考えられているが、他の国では極刑や逮捕に値する重罪です。


アメリカではベトナム戦争敗戦から自国を侮辱したり攻撃するのが流行し、反米がカッコいいとされた時期があった。

その結果起きたのが9.11同時多発テロで、この日以来「反米」は犯罪として摘発され刑務所にぶちこまれるようになった。

2000年までは「アメリカをぶっ壊す」とプラカードを掲げてホワイトハウス前を行進できたが、今は公安に連行されます。


最近はネット上で「アメリカで大きな事をやる」と書いただけで入国拒否されたという例が多く報告されている。

日本の現状は9.11以前のアメリカに近く、反日はカッコいい事で、「日本をぶっ壊す」と宣言した外国人を入国させています。

歴史上こういう事は何度も繰り返されていて、今回が初めてではありませんでした。



過去の反日ブームと弾圧

ある国で自国を攻撃する破壊活動がブームになると、それが数十年続いた後で強烈な反作用が起きることが多い。

簡単な例は日本の大正デモクラシーで、現代風に解説すると平和活動と反日活動、民主運動が高まりました。

日露戦争に勝利した日本はもう戦争は起きないとして軍縮し、現在の自衛隊と同規模の20万人程度まで軍を縮小した。


当時はハイテクは無いので人数=兵力であり、帝国陸軍は解散寸前といった状態で、消費文化や民権運動がブームでした。

日本の公安も弛緩してしまい、ソ連誕生で共産主義がブームになり、日本を共産化しようという共産運動が広まった。

昭和1桁時代には公然と日本を批判する反日もブームで、昭和12年には有名女優がソ連に亡命する事件も起きた。


後に連合艦隊司令長官になった山本五十六は「アメリカかぶれ」として有名で、アメリカに移住してアメリカ人になりたいと思っていました。

山本は武官としてアメリカに在住した事もあって、アメリカの豊かさを知り強い憧れを抱いていたようです。

こうした弛緩した空気を一変させたのが昭和6年の満州事変と、昭和11年の226事件でした。


反日ブームや共産主義、民権主義を苦々しく思っていた軍部は政治の主導権を握ると引き締めを図った。

これが昭和10年代の軍部の圧政で、例えば野球でも英語を使ってはならず、ストライクは「一本」などと言っていた。

戦争が終わるとGHQは自由化を進めたが、実は自由なのは「日本の悪口だけ」で、日本を褒める事は一切禁止した。


だから黒澤明など昭和期の映画はすべて反日映画で、日本を褒めるような内容はGHQが禁止していました。



歴史は自由と弾圧を繰り返す

欧州でも自由と弾圧はなんども繰り返されていて、フランス革命は王国時代はあらゆる言論自由で、そのせいで革命が起きました。

革命派は「パンがなければケーキを食べなさいよ」とマリーアントワネットが言ったと言いふらしたが、後にねつ造なのが判明している。

自由を求めてフランス革命を起こした連中は、革命に成功したら一切の言論を禁じ、自分を批判させないため圧政を敷きました。


ロシア革命も同様で、革命前はあらゆる言論すべて自由だったのに、革命後はソ連になり一切の自由を奪いました。

すべての「革命」の正体はこのようなもので、自由を掲げながら革命が終わったら前より不自由になります。

ギリシャ、ローマ時代から同じ事は何度も繰り返されていて、自由な時代と弾圧時代は交互にやってきていました。


今日本は自由な時代なわけですが、永遠に続く自由は無いのもまた、歴史は証明しています。

日本で最初にこうした事が起きたと記録されているのは聖徳太子から天智天皇の時代で、聖徳太子は仏教を導入し律令制度などを作りました。

聖徳太子の時代に日本は唐や百済から進んだ制度を導入し栄えたが、当然のこととして反日日本人が増えた。


唐や百済が進んでいるから導入するので、「日本なんか劣等国だよ」などという今風の左翼が増えた。

聖徳太子は仏教派だったがこれは神道派と対立し、国内で深刻な争いも起きていた。

その後に登場したのが中大兄皇子こと後の天智天皇で、645年に大化の改新という軍事クーデターを起こした。


天皇を任命したり敵対する王子を葬り去るなどやりたい放題の蘇我入鹿を、中大兄皇子が自分で切りつけたとされている。

天智天皇となった663年には百済を滅ぼした羅漢連合を成敗するため、史上初(三韓征伐を除く)の対外戦争を起こすが惨敗してしまう。

この白村江の戦いの真の目的は、対外戦争によって乱れた人心をまとめる事だったとされている。


昭和6年の満州事変では戦争を利用して軍部が権力を握り乱れた国内を引き締めたが、同じ目的だったと思われます。

対外戦争を起こすことで国家総動員体制になり、反日はカッコいいなどと抜かす連中は刑務所にぶち込めるようになります。

こうして天智天皇は実質的に初めての「日本国の天皇」になったが、大陸進出の野望は無く国内の発展に努めた。


こんな風に自由な社会で弛緩した空気は、戦争や革命やクーデーターなど、何か強い力によって終わる。

戦前の欧米ではドイツだけではなく、米英仏でも「反ユダヤ」が流行したが、今は口にしただけで逮捕される。

このように行き過ぎた自由には必ず終わりが来る。


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