テレビ、新聞はコンテンツを売ってるのではなく広告を売っている。
だから目立てば良い、煽ればいいという事になる
7

画像引用:https://mainichi.jp/graphs/20160219/hrc/00m/040/001000g/1 テレビ各社の視聴率の推移(2004年~)[写真特集1_1]- 毎日新聞



テレビを見るとバカになる?

この何年かでマスコミやメディアが大きく変わり、特に新聞とテレビの権威が低下したように思います。

以前のテレビは自分自身を「権力の番人」や「第4の権力」と言っていました。

立法・行政・司法そして権力を監視するマスメディアというわけで、自らが司法機関のように振舞っていた。

スポンサー リンク

今もそうですが報道番組では政府や政治を一段高い場所から見て、批判したり解説をしています。

おかしいのは芸人やアイドルを集めたバラエティ番組でも、タレントが政治を上から見下ろして批評している。

漫才師も「第4の権力」らしいが、こんな事をやっているのでマスコミの権威は低下し続けています。


マスコミが偉そうに振舞い始めたのはテレビ朝日のニュースステーション辺りからで、他局も次々に「見下し型」ニュースを始めました。

1993年に自民党が衆院選で大敗し非自民連立政権が樹立した時、テレビ朝日の社長が「おれが連立政権を作った」のような発言をしたとかしないとか言われていた。

この件は放送法違反で問題になったが、その後もテレビ局は「2人でモリカケ!」など偏向報道を繰り返した。


2011年にはフジテレビ騒動があり、偏向報道に抗議する人たちがデモを行った。

テレビ朝日、朝日新聞は慰安婦捏造報道、TBSは坂本弁護士一家報道、読売は中川昭一財務大臣辞任で大失態や捏造報道をしたとされている。

地上波テレビ局の偏向報道は国民に広く知れ渡り、「テレビを見るとばかになる」と言われるようになった。



権力の番人の正体はユーチューバーと同じ

ネット以前のメディアは出版と放送しかなく、どちらも政府が監視し業界が運営していました。

個人が何を考えたとしても出版社が出版しなければ本にならないし、テレビ局やラジオ局が取り上げなければ放送されません。

映画も含めて個人が自分の作品や意見を発表する場はどこにもなく、全て政府や業界に検閲されていました。


日本のマスコミは戦前は日本軍、戦後はGHQによって検閲されていて、GHQの検閲を日本政府が引き継いだ。

だから戦後の日本では東京裁判に異議を挟む意見は絶対に放送や出版されず、疑問を持つことすら70年間許されませんでした。

日本で個人が自分の意見を発表できるようになったのが2000年代にブログが一般化してからで、個人が簡単にHPを作れるようになった。


これで打撃を受けたのが既存の新聞やテレビで、「それはウソだ」と反論されるようになった。

それまではテレビや新聞でどんな嘘をついても誰も反論しなかったのが、ネットで素人に指摘されるようになった。

ネットが力を持つにつれて視聴率や発行部数は減り、ここでテレビは「目立てば良い」という方向に舵を切った。

舵を切ったというよりテレビは最初から「目立つこと」を目標にしていて、視聴者にCMを見せる事で成立しています。


30分アニメの製作費は1500万円程度らしいが、テレビ局は番組を売るのではなく、CMから収入を得ています。

企業はアニメの内容はどうでも良く、視聴率10%なら約1000万人(東京なら約100万人)にCMを見せるために1500万円を払っている。

ここがテレビが権威になりえない理由で、テレビの目的はCMを見せてCMを販売することで、番組の質はどうでも良いのです。


芸術性が高いとかカンヌ映画祭で受賞するとか、映画化されて全米第一位になるとかは、そうなったら嬉しいがどうでも良い話です。

芸人が変な事を言って視聴者の反感を買い、視聴率が増えてCMが売れればテレビ局の社長は嬉しいのです。

権力の番人の正体はユーチューバーと同じで、ユーチューバーも目立つ事をやってアクセスを獲得し、広告を表示させて収入を得ています。


ネットが無かった時代は出版と放送しかなかったので全国民はそれを見るしかなく、他に選択肢はありませんでした。

これにあぐらをかいた人たちは「自分たちは権力者だ」と勘違いして暴走を重ね、人気があるし支持されていると思い込んでいました。


スポンサー リンク