浪費は美徳、お金は使うほど増えるがバブル期の常識だった
この頃日本に借金はなかった
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大蔵省は物価下落を目標に掲げ、自慢していた

バブルヘGOという面白いのか微妙な映画があったが、実際のバブル崩壊後はどうだったのでしょうか?

今日のイメージでは人々は悲嘆にくれて絶望のどん底にいたようですが、当時の人は喜んでいました。

『都市勤労者世帯の月平均収入・支出』によるとバブル絶頂期昭和63年が48万5千円、平成5年は57万円でした。

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バブルが始まった昭和60年は45万円だったので、バブル時の5年よりバブル崩壊後5年の方が給料の伸びが大きかった。

物価は1987年から1992年まで急激な上昇を示したが、90年を1.0として98年は1.05に過ぎません(その後物価はマイナスになった)

バブル崩壊の1990年からアジア通貨危機の1997年までは、物価が上がらず給料だけ増える夢のような時間でした。


今では悲劇になっている1995年の阪神淡路大震災では「復興工事で儲かる」と喜んでいる人たちも一部にいました。

1995年まで日本人はバブル気分であり、景気はそのうちに良くなると皆思っていました。

一例として90年代前半の物価下落について財務省(大蔵省)は、「物価が下がり国民生活が向上した」と自画自賛していました。


「物価を下げたのは大蔵省の手柄だ」と言わんばかりで、デフレを主導したのは大蔵省=財務省でした。

大蔵省は一時の成功に気を良くしてどんどん物価下落政策を取り、日本をデフレ不況に叩き込んだ。

だがそれから大蔵省は「我々はデフレを防ごうとした」と言い換えるようになり、今も責任を認めていない。



バブルを超えると債務問題も解消する

例えば1989年に消費税を創設した時、当時は物価上昇が大きな悩みだったので「消費を抑えて物価を下落させる」のが目的の一つでした。

目的は達成され物価は下がったが、デフレ後も消費税を増税しさらに物価を下落させました。

その後日本は悪夢の30年間を過ごし、偶然か必然か平成が終わったのと同時に株価が急上昇した。


リーマンショック時の2008年9月に日経平均は6,994円を付けたが、2021年2月15日に3万円を回復した。

その後アメリカのバブル懸念や日本政府の消極性で何度か2万9千円を割り込んだが、4月現在は3万円を維持している。

投資用語でこうした値動きを底固めなどと言い、次の上昇のためのエネルギーを貯めている状態です。


日本株がバブルを超えるにはいくつものハードルがあり最初の関門は日経3万円、次はダウ平均を超える事です。

3万円は動かないがダウ平均は毎日史上最高値を更新していて、現在は3万3千円台を付けています。

日経平均が3万3千円になるころには、普通に考えるとダウ平均は3万6千円以上になっている筈で逃げ水のようです。


だがバブル崩壊前は日経が上でダウなどは遥か下だったので、ダウを超えない限り日本経済は復活していません。

次のハードルは1989年12月29日につけた日経平均史上最高値の3万8957円、だがその頃の物価は今より低いので4万円で初めて史上最高値更新と言えます。

次のハードルは失われた30年を取り戻す事で、この30年で世界は2倍以上成長したのに日本だけ同じ場所に留まっている。


バブル期の日本を超えたと言うには日経平均で6万円、GDPで倍の1000兆円にはならないと本物ではない。

日本の公的債務は財務省によると1100兆円でGDP比200%だが、GDPが1000兆円になればGDP比債務は100%に縮小します。

これが本来の姿で、公的債務問題とは実際には「GDPが増えないからGDP比債務が増えた」という話です。


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