絶頂期の1989年、資産3000億円以上の頃
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引用:http://auctions.c.yimg.jp/images.auctions.yahoo.co.jp/image/ra226/users/7/4/0/6/sinchanocean-img600x434-1299058441ttmvfp26758.jpg


少し古い話になるが、演歌歌手の千昌夫が不動産事業などで成功した後、バブル崩壊で3000億円の負債を背負った。

消費増税で再びデフレに戻るとも言われている現在、改めてバブルを振り帰ってみたい。

ある時期の千昌夫はホリエモンやZOZO前澤のような、バブルの象徴的存在でした。


恵まれたデビューから人気歌手へ

千昌夫は本名では無いが本題と関係ないので、ここではずっと千昌夫さんとします。

1947年岩手県の農家で生まれ、1965年に18歳で有名な作曲家の弟子として歌手デビューした。

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翌年「星影のワルツ」がヒット曲になり、紅白歌合戦に出場している。

当時の歌手はミカン箱の上で歌ったり、レコード店を回って自分で売り歩くのが当たり前で、苦労人が多かった。

デビューして売れるまで数十年も皿洗いのバイトで苦労するのも当たり前で、千昌夫は苦労知らずで有名歌手になった。


1972年にはアメリカ人と結婚し、夫婦でコマーシャルやバラエティーに出演し大人気だった。

俳優としても成功し、テレビドラマ全盛期には連日どこかのドラマに出演していた。

70年代、80年代になってもヒットを飛ばし、夜のヒットスタジオなどの歌番組の常連だった。


曲がヒットした収入が入るようになった20歳の頃に投資を始め、1970年に仙台市に五万坪の土地を購入した。

1970年から72年にかけて東北新幹線計画が審議され、72年には早くも着工している。

この過程で千昌夫の土地は10倍に値上がりし、4億円もの利益を得たとされている。


当時の4億円は恐らく現在の40億円ほどです。



 不動産王から借金王

25歳にして資産家になった彼は「アベインターナショナル」を設立し、本格的に不動産業を拡大した。

1980年代には不動産業に専念するため歌手を休業し、土地を買いまくった。

千昌夫を本格的な不動産投資に誘ったのは長銀破綻で有名になった EIEグループの高橋治則だといわれている。


EIEグループは売上げ100億円程度の会社だったが、長銀から3000億円を借りてハワイや香港の不動産を買い、資産1兆円に増やした。

千昌夫の「アベインターナショナル」も長銀から1000億円以上を借りて、最盛期には資産3500億円だったとされる。

アニキ分の高橋治則は背任で逮捕され獄中でなくなったが、千昌夫は逮捕されず借金のほとんどを棒引きされた。


1991年のバブル崩壊で土地が値下がりし始め、2000年に「アベインターナショナル」は負債総額1,034億円で経営破綻した。

千昌夫の個人債務は3000億円に膨れ上がったが、1000億円に棒引きされ、民事再生法で1億5,000万円まで棒引きされた。

最悪期は金利が毎日1000万円だったといい、自己破産を考えたが東京地裁に特別清算を申し立て、会社更生法の適用が認められた。


千昌夫が金を借りていたのは大半が乱脈融資で破綻した長銀からのものだったようだ。

破綻後は歌手活動を再開し、各地のイベントやディナーショーで地味ながら稼いでいるので、既に返済したと考えられる。

2011年には東北地震の関係で、岩手出身者の千昌夫は紅白復帰を果たしている。


紅白に出た、出ないで営業のギャラはかなり違うという。

毎月7回から10回の地方コンサートを精力的にこなしていたが、借金を返済してからはBSの演歌番組などが活動の中心になっている。

借金の報道でマスコミと対立し「取材は受けない」と宣言して以降、本人の口から現在の借金が語られる事はなくなった。