人口爆発による食糧不足を解決するため、昭和期の日本は人口抑制策を取った。
やめるべきだったが、現在も人口抑制策を続けている。
wpe9
引用:http://www.s-yamaga.jp/kankyo/wpe9.jpg


少子化を引き起こしたのは日本政府

高齢化は日本ではあたりまえの事になり、子供が減った事により総人口が減少しています。

世界でも日本よりペースが遅いだけで、高齢化と少子化が進み、将来人口が減少するのが分かっています。

ところでこの少子化や高齢化がどのように発生し、原因がなんだったのか、うまく説明されていません。

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国や研究者は社会が成熟したから高齢化したんだという、分かったような分からないような説明をしている。

日本についてははっきりとした原因があって少子化が始まり、しかも国が意図的に少子化を起こしていた。

順を追って説明すると最初の始まりは稲作発展による人口増加で、弥生時代に60万人だった人口は1600年の関が原の頃には1200万人になった。


江戸末期に日本の人口は3300万人に増え、開戦前の1940年には7200万人になっていました。(朝鮮・台湾を除く)

人間は危機に直面すると子孫を残そうとするそうで、戦時中から戦後20年間くらいに、爆発的な人口増加を起こしました。

この頃日本人は非常に若く、終戦直後の出生率はなんと4.5を超えていました。(現在は1.4)


日本政府は戦前から人口増加による食糧不足に直面していて、満州を占領したのも農地を開拓して食料を得るためでした。

戦争中も食糧不足で戦後も食糧不足が続き、意外にも日本帝国や日本政府は、人口を減少させようとしていました。

中絶の手続きを簡素化したり、女性の労働を奨励したのも、女性の権利ではなく子供の数を減らすのが最初の目的でした。



適齢期の女性に労働させる政府

これらの政策は効果を表し、戦後ずっと出生率は低下して、2011年には出生率1.2まで低下しました。

女性の高等教育、女性の社会参加、中絶推奨、女性の労働、清純さが尊ばれ、結婚するまで男女交際はしてはならないとされていた。

これらはどれも女性が妊娠する機会を減らし、子供の数を減らして、食糧不足や飢餓を避けるためという理由がありました。


女性の権利向上もあったが、今日食べる食料がなくなれば国民は飢えてしまうので、昭和20年台には出生率を低下させるのが国家目標でした。

出生率は一度減ったものの1970年代に再び3.5を超えて、オイルショックもあって食糧危機の懸念が強まりました。

政府は事実上、中絶を自由化して「女性の権利向上」という名目で子供の間引きを始めました。


現在の日本でも他の国とくらべて、中絶は比較的自由で、出生率が低い原因の一つになっています。

その後日本の出生率はずっと下がり続けたが、出生率を下げる政策を政府は改めず、1990年ごろには人口減少が議論され始めた。

自民党が野党になるなど混乱もあって政府の動きは遅く、出生率を回復しようと言い出したのは2010年以降だったと思います。


ここまでの経緯を見ると、日本の出生率減少は、偶然の結果や社会の成熟ではなく、日本政府の政策が引き起こしたものでした。

たとえば日本では女性の就労割合がアメリカを上回り、世界一に近づいています。

出産年齢の女性が結婚せず労働していたら、どう考えたって子供が生まれる筈がありませんが、政府や首相は「もっと女性が労働するべきだ」と言っています。


昭和期の女性は20歳から25歳までに結婚し、25歳を過ぎると「売れ残り」と言われていました。

今は22歳まで大学に通い、その後就職して25歳で結婚すると「早い」と言われています。

別に大学に通いながら子供を産んでも良いのだが、これで人口が増える事は無いでしょう。


政府がチグハグな政策で人口抑制策を続ける限り、日本の出生率や子供の数は、急には回復しません。

少子化や出生率低下は日本政府の政策が引き起こした現象で、社会の成熟とは関係ありません。

少子化と高齢化は一体のもので、子供が少なすぎるから高齢者が多く感じるだけです。