
引用:https://s.yimg.com/uu/api/res/1.2/VWPv8p1Qn8cCr_GlCThpfg–/aD02ODI7dz0xMDI0O3NtPTE7YXBwaWQ9eXRhY2h5b24-/http://media.zenfs.com/en_us/News/afp.com/6a16b325a222fbf3ca4f33eaf4bfe916d4eb78da.jpg
2019年の参院選は、与党はほぼ予想どおり自公の過半数維持という結果になりました。
だが野党は大きな変化があり、既存政党が軒並み得票を減らし、新興政党が票を伸ばしました。
ひとつは「NHKから国民を守る党(N国)」で、悪名高いNHK受信料廃止を求めている。
もうひとつの「れいわ新選組(れ新)」は当選者全員(2人)が重度障碍者という異例の政党でした。
れ新の公約自体は目新しいものはなく、「消費税廃止」「すべての人の生活向上」「最低賃金向上」などが主でした。
まあ誰でも考え付きそうな事で、税収が有り余って好景気なら自民党でさえそうするだろうという話です。
景気は良くならないし税収が増えないからできないのだが、具体的方法が無いのに「全部良くします」というのが定番の選挙手法です。
障碍者については公務員を増やして障碍者雇用を増やすとしていて、消費税廃止とは矛盾するように思われる。
今日のミステリーは「なぜ有権者は障碍者優遇に投票したか」という点です。
同じように高齢者福祉を掲げて票を伸ばした例は数多くあり、これは別に不思議ではない。
人は誰でも年をとるので、20歳の若者でも自分が高齢になった時を考えて、高齢者を優遇する政党に投票する事はある。
だが重度障碍者が国会議員になって障碍者福祉を重視しても、とりあえず障害が無い有権者には関係ない筈でした。
ではなぜ人々は自分と関係ない障碍者優遇に共感し、れいわ新選組に投票したのでしょうか?
権利はピザという現実
人は誰でも交通事故や病気などで障害を負う可能性があり、自分がそうなった時の為に障碍者福祉を重視するべきだと考えた。
こういう事もあるでしょうが、大部分の人は「感動した」「共感した」などの理由で投票したのではないでしょうか。
LGBTの記事でも書いたが、こうした少数者の権利が増えると、多数者の権利が減る事には想像が至らない。
アメリカでは白人主義者と平等主義者、さらに有色人種主義者などが人種問題で対立しています。
「人類皆平等でうまくいく」という考え方で人種の平等化を進めてきたが、アメリカの現実は理想と違っていました。
それは「他の人種の権利が増えると、自分の人種の権利が減った」という事です。
権利は神様が平等に与えてくれるものではなく、ピザと同じで隣の人が大きなピザを取ったら、自分のピザが減ったのです。
アフリカ系やアジア系やヒスパニックの権利が増えたら、白人の権利が減ったから、白人団体は怒っています。
たとえばアメリカのある村ではヒスパニックが多数派になると、白人はよそに引っ越して一軒の家族だけになった。
すると村ではヒスパニックやアフリカの祭りが行われるようになり、祭りの屋台では白人から見て外国の食べ物だけになった。
もし日本で近所の住人がアジア人だけになり、風俗や習慣もすっかり変わったら、絶望的な気持ちになるでしょう。
人種間以外でも同じことが起こり、日本では30年間「男性の給料は減り続けている」が、女性の給料は増え続けています。
男女平等と言いながら男性の給料は減らされ続け、女性の給料だけが増え続けているのです。
「権利はピザ」とはこういう事で、他の誰かの権利が増えると、その分あなたの権利が減らされます。
老人の福祉が手厚くなれば当然若者は虐待されるし、障碍者の福祉が多くなる分は、健常者から多くの税金を取り立てるのです。