人類の起源は韓民族、中年以上の韓国人にとっては常識
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韓国が隠したい歴史
韓国は歴史にうるさい国だが考古学的な古墳の発掘はあまり行わず、むしろ敬遠しています。
理由は自身が主張する朝鮮国家の起源と発掘して出てくる遺跡が一致せず、説明が苦しくなるからです。
韓国人がいう歴史認識はいつも奇想天外で理解不可能な事が多く、検証するとほとんどが事実と一致しません。
韓国人が受けてきた”一般的な歴史教育”を知る事は、韓国人の考えがどこから来ているか理解する手掛かりになるでしょう。
現代はどうか分からないものの、中年以降の韓国人が受けた歴史教育には「人類の起源は韓民族」と書かれていました。
世界最初の文明は4千年以上前の朝鮮古代帝国で、その起源は神話の世界に遡ります。
世界最初の文明は大朝鮮帝国で、秦の始皇帝やジンギスカンは朝鮮帝国から別れ発展した。
秦の始皇帝が韓民族だったというのは韓国では常識で、100%嘘というわけでもないようです。
考古学的には現代の韓国朝鮮族は中国大陸東部に住んでいて、中国の戦乱で難民として半島に逃げてきました。
朝鮮族の支配地域は現在の北朝鮮の中国側で「秦の支配地」、実際には古代韓国人は始皇帝の家来か領民だった筈でした。
こうした逆転の発想は至る所で見られ、モンゴル帝国との関係も高麗が主であったとか対等な関係だったとしている。
秀吉の朝鮮出兵は日本軍と明・清の戦いだったが、朝鮮軍が日本軍を撃退し、明や清が従っていたように教えている。
韓国は苦し紛れに、前方後円墳は韓国が起源で日本に伝わったと主張した。

引用:http://livedoor.blogimg.jp/bungchanblog-kodaishi/imgs/2/9/2993773c.jpg

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韓国人の逆転の発想
逆転の発想はさらに古代まで遡るが、韓国人にとって好都合な事に古代日本には文字が無く記録も存在しません。
なので文字記録が始まる西暦600年頃以前は、「日本は朝鮮国家の属国だった」「日本は朝鮮の一部だった」というのが韓国人の常識です。
尖閣諸島の領有権を中国が主張しているが、韓国が沖縄の領有権を主張しているのは知られていない。
古代朝鮮は日本列島や中国大陸、中央アジアまで支配下に置いていて、沖縄は韓国固有の領土なのだそうです。
こんな韓国人にとって都合が悪い事があり、それは韓国南部で前方後円墳や日本由来の遺跡が次々と発見された事でした。
全羅南道周辺の比較的狭い地域から10数基の前方後円墳が発掘され、最初韓国は「前方後円墳の起源は韓国」と言っていました。
前方後円墳は韓国で始まって属国である日本が模倣し、韓国皇帝の家来である日王が服従の証しとして大量につくったというのが韓国説です。
ところが前方後円墳というのはわりと短期間に大量につくられたが、ブームが終わると一切作られなくなりました。
最初の前方後円墳は西暦200年頃で、第9代開化天皇から30代敏達天皇までが前方後円墳の天皇陵です。
西暦でいうと西暦300年前後から西暦550年前後までが前方後円墳全盛期で、これ以降の天皇陵はコンパクトにまとめられて行きます。
韓国南部の前方後円墳もこの250年間に作られた筈で、この中には韓国が最も嫌う神功皇后と孫の仁徳天皇が含まれています。
古事記日本書紀などによると神功皇后(西暦400年ごろ)は半島に出兵し三韓征伐し、任那日本府を置き半島を支配しました。
非常に不都合な事に前方後円墳が見つかる場所は、任那日本府が存在したとされる地域で年代も一致しています。
神功皇后の孫が世界最大の墓で知られる仁徳天皇で、半島から来た大量の渡来人に大阪湾の埋め立てをさせていました。
これは日本が支配下に置いた半島の労働者が大阪で働いていたという事で、自主的なのか強制かは分かりません。
あの仁徳天皇陵も労働者だった渡来人が築造した可能性が高く、現在の大阪市の大半は埋め立てでできた陸地です。
なお埋め立てた土地に渡来人が住んで彼らの土地になったので、彼らも十分な見返りを得ました。
これら一切が韓国人にとって不都合で、絶対に認めたくない事です