中国はまず特権を手に入れ、中国だけは例外でルールを守らなくて良いとした。
今も中国だけは世界のいかなるルールも守っていない
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画像引用:http://www.bjreview.cn/JP/jp2005/2005-wj/2006-41/2006.41-zhongyao-1.htm 北京週報 当今の人から見た毛沢東



中国の奇跡の種あかし

中国(中華人民共和国)は戦前は中華民国の共産党で、国民党と争って勝ち建国した。

毛沢東が入党した時は非合法的な1政党に過ぎなかったが、今はGDPで世界2位とされている。

中国がのし上がった手法はかなり奇抜で前例がなく、誰も成功すると思っていなかった。

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話はロシア革命に遡り、レーニンが広場で演説して「皇帝から富を奪って分配すれば人民は豊かになる」と共産主義を説いた。

当時のロシア農民はかなり酷い暮らしをしていて地位も低かったので、一も二も無くレーニンに賛成し革命が起きた。

革命後のソ連はあまりうまくいかなかったが、第二次大戦では運よくアメリカ陣営になりアメリカから莫大な援助を受けた。


最貧国だったソ連はあっというまに世界二位の超大国になり、50年ほどアメリカと覇権を争った。

そんな飛ぶ鳥を落とす勢いのソ連は北京に共産党支部を作り、そこに毛沢東らの若者が加入した。

ここで幸運にも日中戦争がはじまり、日本軍と国民党が大戦争をおっぱじめた。


共産党を率いていた毛沢東は共産軍を指揮したが、日本に協力して国民党を倒す戦略を取った。

今では「共産党が日本を倒した」事にしているが、実際には毛沢東は日本軍と協力して国民党軍と戦った。

日本軍が接近すると連絡を取って国民党軍の居場所を教え、共産党軍は山奥に逃げ込みました。



中国はいつまで「人類の例外」なのか

こうして国民党にダメージを与える一方で、共産主義の理想を農民に説き、時には救済したりもして人心を掴んだ。

戦後はソ連の支援を受けた共産党軍がアメリカの支援を受けた国民党軍を圧倒し、国民党は台湾島に逃げ込んだ。

大陸を統一した毛沢東が最初にやったのは核開発で、核兵器さえ保有すれば他国に攻撃されないと考えた。


さらに核の攻撃力を持つことで外交力を手にし、その後で経済力を手に入れるプランを描いた。

まず共産主義陣営の一員としてソ連の協力を得て核開発し、ソ連の後押しで国連安保理常任理事国になった。

この時の中国の経済力や国力は東南アジア諸国程度で、大国でもなんでもなかった。


国連で地位を手にした中国はあらゆる国連ポストに立候補し、人海戦術で国連を支配した。

例え電話番や清掃係でも何らかの権限があり、権限が集まれば中国は決定権や支配権を得る。

国際社会の特に後進国は中国に服従するようになり、先進国には「中国は後進国」と主張し例外化した。


中国が国際会議に参加する時は、中国の主張が通らなければあらゆる会議をぶち壊す手法を取る。

温暖化会議でも安全保障会議でも、他の参加国が中国の主張を受け入れれない限り、すべての合意に反対し会議そのものを破壊する。

こうして中国はあらゆる国際会議で主導権を握り、中国にだけ有利な国際協定を構築した。


世界の温暖化物質の多くを中国が排出したが、今も中国1国だけはあらゆる温暖化規制の例外になっている。

アメリカや欧州や日本はこうした中国の猛攻に簡単に屈し、中国だけが自由な貿易をし何の制限も受けていない。

こうした剛腕手法は過去70年間有効だったが、今後無効化されたら中国の奇跡もそれで終わる