京都の田舎にはバス停があるが、奈良の田舎は需要がなければ廃止する。
京都の田舎に移住する人はいるが、奈良の田舎には絶対に住まない
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滅ぶ村と存続する村の違い

様々な過疎地や田舎があるが、去年は人の気配がしたのに今年は無人になっている事がある。

かと思えば「こんな場所に誰も住んでないだろう」という場所にかなりの居住者が居る場合もある。

京都と奈良は隣りに位置しているが、一般的に京都の田舎はどこに行っても人が住んでいる。

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奈良の田舎は少し山奥だと10年ごとに人口が半分に減ったりし、一瞬で無人化した村もある。

見た印象では同じようなレベルの田舎なのに、なぜ奈良は急速に無人化し京都は人が住んでいるのだろうか?

奈良県の山間地の村でありがちなのは、家があっても9割は空家で老人数人だけが住んでいるパターンです。


どう考えてもこの村は数年で全て空き家になる筈で、それ以外の可能性はない。

京都府の北部にも同じような山間部の村がたくさんあるが、空き家が非常に少ない。

大半の村では半分以上の家に人が住んでいる印象で、崩壊しかけた空き家はまず見ない。


一目で気づくのは京都ではどんな僻地や山間地にもバスの停留所がある事で、一日数本走っている。

奈良県では需要がなければバス路線は廃止され、地域バスもあまり走っていない。

例え住民が1人になってもバス路線を維持する京都では、将来の不安は少ないでしょう。


京都の過疎地では他から移住してくる人が居るが、奈良県ではそんな人はまず居ない。



自然条件より行政の違いが大きい

対する奈良県ではまだ住人が居るのにバス路線が廃止され、資本主義に基づいて住民サービスも廃止される。

利益がでないのでガスの配達もしないし灯油の配達も移動販売車も来ない、最後に残るのは電気だけです。

福島原発事故以来電力会社批判がブームになったが、住民が1人しか居なくなった村で最後までサービスを続けるのは電力会社と郵便配達です。


大手電力会社は田舎で頑張っていると思うし、そのために都会の人が料金を割高だと感じるのも仕方がない。

一部の人が主張するように日本の電力を完全民営化し自由競争にしたら、過疎地の電気料金は10倍に値上がります。

その代わり大都市の電気料金は半額になるが、そうなったらもう日本は大都市以外人が住めない国になります。(既にそうなっている)


話を奈良県に戻すと、奈良県では山間部で土砂崩れなどが起き道が塞がった時、これ幸いと廃村にする場合がある。

住人が10人くらいしか居ない村のために膨大な復旧費用をかけるより、平野部の公団住宅に移住させる方がずっと安い。

バスも無く学校もな道路も無くサービス皆無では、住民は移住せざるを得ない。


京都府では見たところこうした事は少なく、どこに行っても最低限の住民サービスをしている。

結局村が廃村になるのは地理的条件や自然条件ではなく、行政の違いが大きいという印象です。

なおここで言う「村」は行政単位の事ではなく、小さな集落という程度の意味です