渡来人は距離が近い半島「だけ」から来たと考えられていた。
実際は中国奥地や東アジア全般から来ていた
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渡来人は半島人ではなかった

日本人の遺伝子の解明が進み、いつどこから渡来しどのように現代日本人につながるのかが分かってきた。

遺伝子研究以前の日本人観とはざっくりいって「縄文人という原始人を弥生人という移住者が絶滅させた」というものだった。

戦前からそう考えられていて、縄文人は日本人とつながっていないという考えから軽視されていた。

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戦後は日本悪玉歴史観から、日本人はすべて半島から渡来した渡来人で、つまり韓国人であるという主張が支持を得たりした。

今も韓国人の研究者や歴史家は「日本人とは列島に移住した韓国人なんですよ」ともっともらしく語ったりする。

金沢大学などが古墳時代の人骨のDNAを調査した結果、縄文人や弥生人以外の特徴が発見された。


金沢大研究チームは約9千年前の縄文人や約1500年前の古墳人など計12体のDNAを解読した。

弥生人は中国東北部の遼河流域など北東アジアの特徴を持ち、縄文人とも共通点がああた。

つまり弥生人とは大陸から渡来した人々が、縄文人と交わって形成された人種だと分かる。


古墳人は弥生人とは別の東アジア人の特徴があり、弥生人=古墳人ではないのも分かった。

古墳人と現代人の遺伝的特徴はほぼ一致し、古墳時代より後に大規模な渡来はなかったと推測できる。

古墳時代は3世紀後半~7世紀(西暦250年から650年頃)だが、これは重大な事を示唆している。



卑弥呼の先祖は渡来人?

西暦250年頃といえば邪馬台国が存在し、伝説に従えばその後神武天皇が東征し、奈良県に都ができヤマト国家が誕生した。

西暦250年以降に前方後円墳が奈良県でつくられ、その後日本列島全体に広がった。

その始まりは東アジアのどこかから渡来してきた渡来人かも知れない、と研究は示唆している。


弥生時代の最初の渡来人は福岡市の海岸だった(水田跡がある)が、半島から来たのか大陸から来たのが分からない。

距離が近いのは半島だが、水田や文化的な特徴は大陸由来なので、海伝いに半島を経由したのかも知れない。

古墳時代の渡来は恐らく現在の中国内陸部からで、長江流域に住んでいた人たちの可能性がある。


現代中国人の最大人種は黄河文明由来だが、かつては長江文明のほうが人口が多く繁栄していた。

だが北方の黄河系は戦争に強く次第に勢力を増し、秦の始皇帝以降は長江系は領土を奪われ逃げるように東南アジアや各地に離散した。

古墳時代に日本列島に移り住んだ渡来人も、そのようにして大陸から逃げてきたのかも知れない。