開発独裁は一時的に成長を引き上げるが、その後苦労する
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独裁国家のほうが経済成長している?

かつて独裁経済とか開発独裁という言葉があり、自由を制限した国の方が成長率が高いとされていました。

その最大の根拠になったのは他ならぬ日本で、欧米の自由主義経済学者を100年以上に渡って悩ませてきました。

日本の高度成長が始まったのは戦後ではなく明治からで、そうでなかったら日本は戦前の5大国に加わっていなかった。

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第一次大戦から第二次大戦までの5大国は米英仏伊日で、第一次大戦までは英米独仏露が5大国と呼ばれていました。

日本は明治維新後しばらくは困窮していたが日清戦争ごろから頭角を現し、日露戦争を経て第一次大戦後に大国と呼ばれるようになりました。

実は幕末にペリーの黒船が来航した時、日本は人口3100万人でアメリカは2300万人、今でいうGDPでも日本の国力が大きかった。


その後アメリカは”超”高度成長を続けて超大国になったが、日本もかなりの高度成長で大国の仲間入りをしました。

明治から1945年までの日本は当時としては民主的要素があったが軍事政権、初期には薩長の独裁政権という色合いが濃かった。

当時の欧米もそんな感じで、ペリー提督は一介の軍人に過ぎないのに、他国との外交や植民地開拓をしていました。


欧米先進国でも政治に軍人を介入させなくなったのは、第二次大戦も過去になりつつあった1960年台に入ってからでした。

戦後になると先進国は「民主主義だ」と言い出して国民に自由を与えて、自由主義陣営として共産主義陣営と対峙した。

だが自由主義陣営にも独裁国家や社会主義的な国が紛れ込んでいて、その一つが日本でした。



開発独裁は有利か不利か

戦後の日本は「開発独裁」を標榜し、国民の自由を制限して企業戦士、労働兵隊にして工場で働かせて経済成長しました。

韓国、中国、台湾、東南アジアなどアジア諸国はすべて「日本型成長モデル」を踏襲し、民主主義よりアジア型開発独裁が優れていると言っていました。

そんなアジアの成長も終わり、アジア諸国は停滞の時代に入ろうとしています。


最近の研究では開発独裁のようなシステムが機能するのは一時的であり、長期的には結局自由主義的な国の成長率が高かった。

日本を例にすれば一目瞭然で、国民の権利や自由を制限して成長したが、天井までたどり着くと停滞の原因になっている。

典型的な例は1人当たりGDP1000ドルくらいだった国が開発独裁で1万ドル程度になるが、それ以上に成れないといった事です。


シンガポールは人口約600万人で事実上の一党独裁だが、1人当たりGDPは日本の5割増しの約6万ドルとなっている。

これは小国の強みを生かした例外だが、他の開発独裁国家はすべて先進国まで行かない中進国に留まっている。

韓国は1人当たりGDP3万ドルに達したが、どうやらこの辺が限界らしいと自他ともに認識している。


アメリカの1人当たりGDPは6万ドルでEUや日本は4万ドル台、韓国は3万ドルでアジア諸国や中国は1万ドルでとどまっている。

アラブ首長国連邦UAEは4万ドルで先進国並み、産油国は油田によって富を築いたが誰も彼らを先進国と呼ばす尊敬もしない。

もし中東から石油が出なくなったり石油の市場価値がなくなったら、ドバイなどは一夜にして元の砂漠に戻るかも知れません。