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2022年で変わる世界 ベトナム・朝鮮戦争・湾岸戦争並みの変化が起きる

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道を間違えたのに気付かない人はひどい目に遭います
日本は冷戦が終わり世界が変わったのに気付きませんでした
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ウクライナ侵攻は世界史の転換点になる

1945年に世界が変わったのは誰でも賛成すると思いますが、冷戦終了ソ連崩壊の1990年頃にも世界は大きく変わりました。

前日まで東ドイツから西ドイツに歩いて行こうとすると運が良くて逮捕だったが、翌日には自由に移動できるようになりました。

日本から共産圏のロシアや中国に工業製品を輸出しようとすると軍事転用防止のココム規制違反になり、国を越えてお金を動かすと外為法違反でした。


海外旅行も自由ではなく欧米先進国にはお金さえあれば行けたが、東側に旅行するのはスパイとか商社勤務、テレビの取材くらいだった。

冷戦崩壊で世界の常識が変わり、イラクのクウェート侵攻では日本も派兵を要求されたが、日本人は何を言われているのか理解できませんでした。

冷戦時代はアメリカに依存すれば守ってもらえたが、ソ連という敵が消滅したので、日米の同盟関係の理由も消滅したのです。
これがお家の一大事なのを日本人は誰も気づかず、依然と同じように振舞ったので日米関係は険悪化の一途を辿りました。

険悪化の頂点は1995年の細川護熙野党政権時代から2011年の鳩山政権時代まで続きました。

アメリカはあらゆる事で日本に難癖をつけるようになり、日米安保は解消すべきだと両政府の高官が発言するほどでした。
他にも重要な転換点があり1950年の朝鮮戦争は、冷戦の始まりと日本の復興、半島国家との関係などの始まりになった。

半島で戦争が起きてアメリカは一時敗戦寸前まで追い込まれ、日本の協力で引き分けに持ち込みました。

この事件で日本はアメリカにとって必要な国になり、日米安保条約の元で重役待遇で欧米社会に迎えられました。

世界の変化に鈍かった日本人

同時に当事国の韓国もアメリカから特別待遇を与えられ、日本は数十年間悩まされる事になります。

次の転換点はベトナム戦争で1961年のアメリカ参戦と1973年の撤退、1975年のアメリカ敗戦は世界に衝撃を与えた。

建国以来負けなしの無敵のアメリカに、弱小のベトナムが勝利し背後で中国とソ連が支援していました。
ここから1970年代末までがソ連全盛期で、次の転換点は1979年のアフガン侵攻と1989年の撤退、ソ連敗戦でした。

1980年にソ連モスクワ五輪が開催されたが西側陣営がすべてボイコットし、ソ連の面目が潰れて崩壊の始まりになった。

第二次大戦後だけでもこれだけ安全保障上の転換点があり、他にも「インターネット、ウィンドウズ発売」など世界を変えた出来事があった。
日本人はこうした劇的な変化に鈍く、世界が激しく変わっているのに気付かない場合が多かった。

ロシアによるウクライナ侵攻は間違いなくベトナム戦争や朝鮮戦争、アフガン侵攻、湾岸戦争に匹敵する最大級の転換点になります。

間違っても湾岸戦争のように世界で日本人だけ変化に気づかず、「敵国」呼ばわりされるのは御免こうむりたい。

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