南巡講話で全国行脚する鄧小平。
天安門事件で苦しむ中国を潰す事もできたが、天皇が日本人を裏切って中国に加担した
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画像引用:鄧小平南巡30年︱專訪林哲元:台灣拒斥社會主義 大陸有底氣扭轉原文網址: 鄧小平南巡30年︱專訪林哲元:台灣拒斥社會主義 大陸有底氣扭轉 | 香港01 https://www.hk01.com/sns/article/729247




中国の高度成長を作ったのはアメリカ

中国の成長を支えてきた経済機能が崩壊しつつあると言われ、成功を求めて大都市に出てきた人たちが田舎に戻っています。

中国の経済成長は中国自身が始めたのではなく、話は清国崩壊前の日清戦争以前にまで遡らないと見えてきません。

清国は衰退しイギリスとの戦争に敗れて香港を割譲し、明治維新後の弱体だった日本との戦争にも負け辛亥革命で崩壊した。

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辛亥革命とは日本の成功を模倣した中国版明治維新で、西洋風の近代国家を作って中国を再建する試みでした。

だが1917年のロシア革命で共産主義ソ連が誕生すると中国もその影響を受け、中国版ソ連を建国しようという勢力が誕生した。

これが中国共産党で最初はソ連共産党北京支部であり、初期メンバーの1人が毛沢東、中国共産党になり徐々に勢力を拡大した。


第二次大戦を経てアメリカに協力した中華民国は戦勝国になったが、ソ連がアメリカと対抗する超大国になり、中国国内で米ソの代理戦争が行われた。

国共内戦は結局共産党軍が勝利し中華民国軍は台湾島に逃亡し、中華人民共和国が建設されました。

1970年代にベトナム戦争が激化し1975年の4月30日にアメリカは史上初めて敗戦を喫しました。


1972年2月21日にニクソン大統領が北京を訪問し、「ベトナムを支援するのを辞めたら中国に経済協力する」と約束しました。

これが中国の経済成長のすべての始まりで、アメリカは第二次大戦以前から中国市場を欲しがっていて、大戦前に日本に対して「中国の権益を半分寄こせ」と要求した事があった。

日本陸軍の軍人政治家は経済には無知だったので「アメリカが中国を横取りしようとしている」と思い、対米戦争に突っ走った。

現代の日本人なら「アメリカが欲しいのは金と利権だ」と分かるでしょうが、当時の日本人には理解不能な考えでした



天皇の裏切りと怒涛の成長

事実はアメリカは中国で利益を上げて儲けたかったので、日本は「まあ領土はやれないが自由に商売したまえ」とでも言えば第二次大戦は起きませんでした。

1978年12月に中国は改革開放を始め、80年代にかなりの成果を収めたが1989年に天安門事件を引き起こした。

日米欧から経済制裁を受け中国は終わりかけたが、日本の天皇を訪中させるのに成功し中国包囲網は崩壊、罪を問われる事なく国際社会に復帰しました。


1992年の天皇訪中は今ウクライナに侵攻したロシアを天皇が訪問し「ロシアは良い国でウクライナが悪い」といいふらし、西側の経済制裁を崩壊させるような話です。

この件ははらわたが煮えくり返るがここでは触れない事にし、制裁を解除された中国は怒涛の経済成長を実現し、国際ルールを何一つ守らなくなった。

天安門事件の後で日本の天皇がこれを認めてしまった事で、「中国は何をやっても罰せられない」と思い込み、実際にそうなりました。


世界は腫れ物に触るように中国に接し、世界の中で特権を手にしたように振舞い、日本を超えアメリカ超える超大国になると宣言した。

これが2007年から2010年のリーマンショック頃までの話で、2008年に北京五輪があり、中国による爆買いで石油や資源が高騰しました。

この頃中国の自律的経済成長は終了し、政府投資つまり公共事業や公共支出による経済成長に切り替わりました。


それまで中国は何もせず勝手に2桁成長していたが、2008年以降は巨額公共支出によって成長率を維持しようとした。

だが支えても成長率は下がり続け、2000年代に10%以上だった成長率は2022年に4%台に低下しています。

グラフを見れば今後10年の成長率が下がり続けるのは明白で、いずれ他の主要国と同じ2%台になるでしょう。

数年前に「中国の成長率は3%台になる」という記事を書きましたが、書きながらも半信半疑だったし半分夢のようだと思っていた。

だが早ければ来年、遅くとも数年後にそうなり、10年後には2%や1%になっている可能性が高いです